2.6

「しかしダンナ、言っちゃ悪いですがどうしてそう世情に疎いんですか。これまでどのように生きてこられたのか不思議でならない」


「どのようにと言われてもな。普通に生きてきたが」


「例えばテレビはご覧になりますか」


「テレビジョンは観るぞ。年に数回、一時間程度」


「年に数回、一時間程度。何故そんな限定的な視聴を」


「子供時分の習慣が抜けきらないのだ。三つ子の魂百までというだろう」


「ははぁ。そいつぁ……なるほど、厳しい親御さんだったんですね」


「厳しい厳しくないという尺度について語る事はできない。私は他人の親がどのような教育を施しているか知らないからな」


「少なくともテレビは毎日見られると思います」


「それはいいな。もし私にもそんな自由があれば、笑っていいともを毎日楽しめたわけだ。いや、私はもう親の手から離れ一人で暮らす身故、いいか、制限などなくとも。目的を果たし自室に戻った際は毎日とはいかないまでも日曜の増刊号にて一週間の放送内容を把握し抱腹するくらいは許されるだろう。観るぞいいとも」


「ダンナ、言いにくいのですけれど、いいともは終わりました」


「終わった」


「約七年前に」


「七年」


「はい。その後、二、三、番組が入れ替わり立ち替わりで、中々定着の兆しが見えません」


「そうか。世は移り変わるものだな」


「テレビ番組で儚まないでくださいよ。しかし、随分と難儀で不憫な人生を送ってらっしゃる」


「私は別段不憫で難儀とは思っていないのだが」


「客観的に見ると不憫で難儀なのです。駄目、駄目ですよそんな人生は」


「駄目か」


「えぇ、駄目ですとも。そんなんじゃ女にだって……女、女かぁ……ダンナ、失礼ですが、女性経験はおありですか」


「女になった事はないな」


「そういう意味じゃないです。女性と交際した事はありませんか」


「おぉ、男女交際の事か。それなら昔、隣の家にに住んでいた女生徒と登下校をしていた」


「……ダンナ、私は決めましたよ。海に行くまでに、ダンナを男にいたします」


「私は最初から男なのだが」


「いずれ意味が分かりましょう」


「ふむ……」




 富士のやつ妙な事を言う。

 だが奴にも目的ができたのだから、悪い事ではないな。意味なくフラフラとするより余程健全だ。私も可能な限り富士に協力してやろう。男になるというのがどういう意味なのかいまひとつ要領を得ないが。

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