2.5

 旧き知識からの脱却は後々にして、とりあえずの一杯をゴクリといこう。音頭もとった事だしな。はい、ゴクリ。グラスのビールに喉鳴らす。小賢しい脳に一口の酒、染み渡る。明るいうちからアルコールなどどん底に住う民のみ許された背徳だと思い、これまでとことん打ちのめされた日だけに限定して年に一二度悲嘆の涙で味付けされたカップ酒を啜っていたが、比べるまでもなく美味い。開放感が、自由が、無責任が、異文化の風が、アルコールのテイストに花を咲かしているのだろうか。単純に私の落涙が味を阻害していただけという説もあるがそこについては触れずにおく。



「婆ちゃん。もつ煮と角煮と筑前煮。あと、身欠にしん。それとはんぺんとやっこでももらおうかね」


「あいよ」



 互いのビールが卓に置かれたのを皮切りに富士から怒涛の注文。容赦がない。婆さんは「はぁい」などと呑気に返事をしているが、そう大量に頼んでは老体に堪えよう。これは富士に物申さねばならぬ。こちらが客として金を払おうとも、思いやりの気持ちは忘れてはいかんからな。



「富士よ。もう少しゆっくりと頼んでもよかろう。矢継ぎ早に作らせ持って来させては気の毒だ」


「ダンナ。大丈夫ですよ。あの婆ちゃんはウェイトレスだ。倅がコックをやってるんです」


「そうなのか」


「そうですとも」


 なるほど分業。家族力を合わせての共同経営というわけか。あぁ分かった。これが世にいうファミリーレストランという店舗形態か。名は聞くばかりでどのようなものか、てんで想像できなかったが、ふむ。また一つ学習したぞ。あ、いかん。私は不勉強から富士に冤罪を着せてしまった。謝罪をしなくてはなるまい。



「すまなかった富士。私の知識不足で貴様を咎めた。許せ」


「あぁダンナ。そんな事で頭を下げないでくださいよ。返って悪いですから」


「気にするな。私のやらかしだ」


「そんな大袈裟な。単なるお喋りじゃありませんか。だいたいダンナ、こんな瑣末な問題で頭を下げてちゃ、これから先ずっと下を向いていなきゃなりませんよ」


「それはどういう意味だ」


「言っちゃ悪いがダンナ。ダンナは箱入りの世間知らずだ。YouTubeやTikTokに触れてる小中学の方がまだ物を知ってる。そんな旦那が海に行くまでにですね、今みたいなすれ違いが何度ある事やらといった具合なんでございますよ。その度にすまんすまんと謝られちゃあこちらも申し訳ございません。なのでどうか、これも勉強の最中と思って図々しくいていただけると」



 富士の言い分にも一理あるか。私個人としては不備の始末をつけたいが、本人がそういうならいいのだろう。だいたい私は無断欠勤を決めたにも関わらず会社の連中に一言の詫びもしていないではないか。今更厚顔を恥じる事もないな。



「分かった。貴様がそういうならそうしよう」




 というわけで、亀の甲より年の功。私より二回り三回りは上の人間が仰るのだから、従う事にする。謝罪は控えよう。

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