2.4
「お邪魔しますよ」
富士に続き店の戸を越える。薄暗い。しかしそれが味わい深く感じられる。茶褐色の卓にい草が敷かれた木椅子など時代劇でしか見た事がない。時代考証的に正しいかどうかはさておいて、私にとっては遥か昔に用いられていた古の家具である。幕府時代の生活様式が想起され実に浪漫ではないか。
「あんれぇ富士兵衛さんいらっしゃぁい。まぁた随分久しぶりやねぇ」
現れる老婆。見るからに女将。年齢は不詳。
「どうもね婆ちゃん」
「んまぁしばらく見ん内に老けよったねぇ。長くないんでないかい」
「そんな不吉な事は言うもんじゃないよ。とりあえず瓶ビール貰うよ」
剥き出しの冷蔵庫から富士が赤星ビールとグラスを二つ我が物顔で拝借。私は常識を疑ったが、いとも容易く、当たり前だという面である。老婆も通報する素振りさえ見せない事から、どうやら窃盗にはあたらないらしい。この土地ではセルフサービスのシステムが主流なのだろうか。しかし会計はどうする。全て客の自己申告で計上するつもりか。どんぶり勘定どころの騒ぎではない。
「ダンナ、まぁ一献」
疑問の渦に囚われたまま、促されるまま冷えたグラスを傾けると、赤星瓶から泡立つ黄金が注がれる。普段嗜む程度だがこのビジュアル、扇情的だ。
「おっとっとっと。どれ、私も注ごう」
「あ、さいですか。では、お言葉に甘えて」
酌の作法はテレビジョンで観た事がある。確か、瓶のラベルを上に向け、両手で支えて呪文を捉えるのだ。こんな具合に。
「まぁまぁまぁまぁ」
「どうもありがとうございやす……おや、どうなされましまか。妙な顔をなされて」
「富士、ビールを注がれたら"おっとっとっと"と唱えるのではないのか」
「……」
「それと、今思い返すと貴様は注ぐ際にも"まぁまぁまぁ''がなかったが、許されるのか」
「ダンナ、今は令和ですよ」
「時代によって変わるのか」
「……こりゃあ重症だな」
「私は至って健康だが」
「いえ、いいんです。ともかく飲みましょうや。はい、乾杯」
「乾杯」
ふむ。どうやら私の知る作法は旧バージョンだったようだ。どうも疎くていかんな。最新版へのアップデートを如何にして行うか、一考せねば。
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