2.1
道中、富士兵衛と名乗るオヤジの語りを聞く。
このオヤジ、なんでも山小屋に一人住み樵業やら狩猟やら茸採りやら冬虫夏草加工やらハーブの飼育やらを生業としており、その内の何かを卸すための商談をした帰りだとの事だった。ついでに嫁と死別したとか子供はいなかったとか湿っぽい話をしていたが暗い話は嫌いなので右から左。だいたい長い。疲れる。私は人の話を聞くのが苦手なのだ。許せ富士兵衛。
「嫁は愛想を尽かせて出て行ってもよかったんです。けれどもね。最後まで一瞬にいてくれました。申し訳ない事をした」
「そうだな」
適当に相槌をしながら駅を一つ二つと過ぎていく。富士兵衛の話は退屈というか商店街を歩くと耳に入る井戸端会議や店のBGMと同じである。人それを、雑音という。
「おや、もうこんなところまで来ましたか」
次は〜何某〜何某〜とのアナウンスが流れると、ようやく富士兵衛が身の上話をやめて呟いた。かれこれ二時間揺られっぱなし。そろそろ降車してもいいだろう。
「富士。貴様、次の街について知っているか」
「えぇ。ヤサから近い物ですから、若い時分によく遊んだものです」
「では、私はそこで降りる。すまんが案内を頼むぞ」
「お安い御用です。すぐに宿の準備もいたします」
「助かる。恥ずかしながら私は街から出た事がない故、勝手を知らぬ」
「左様でございますか。往来の自由が保障された現代で足を伸ばした経験がないとは珍しい」
「言ってくれるな。勉学やら試験やらですっかり視野が狭くなっていたのだ。参考書のページを覗くしか、世界を見る機会はなかった」
「ダンナが海へと向か理由が分かった気がします。よろしい。この富士兵衛、こう見えてフットワークは軽い方でございます。旅行外遊慣れたもの。僭越ながらダンナのツアーコンダクター、引き受けましょう」
「そうか。頼むぞ」
妙だが頼もしい男だ。
一人の方が気楽ではあるが心細さがないと言えば嘘になる。私の持つ旅のイメージはメディアや書物によって形成された人工物でしかなく経験から生成したものではない。実像と乖離があるやもしれんから、その道の熟練者同伴のもと体験から理解を得た方が良いだろう。百聞は一見にしかずであり、また、道連れ世は情け。片意地張らず故人の言葉に倣うとしよう。
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