第6話 決戦②
一目で危険極まりないと分かるこいつは何なのか。驚きが連続したせいか上杉には想像もつかない。
『おい、ジジイ! 何なんだよこの展開は!』
『う~む、これは凄いぞ。どうやら「深き者ども」寄りの「猛き者ども」のようじゃの! 両者の混血が間もない頃に生を受けたと見た!』
『興奮してる場合じゃねぇだろ! どうすんだコレ!』
『仕方ない、儂の術でサポートしてやろう。そこから西に一キロほど行くと大きめの神社がある。そこへおびき出せい。彼奴等を弱体化させてやろう』
『西……ってどっちだ!』
夜なので分からないのも仕方ないが、町並みの位置関係で分かって欲しいものだ。
『あ~、お主から見て左手側じゃ』
『おし、分かった! そこならS宮だな、なんとかやる!』
『まったく最近の若いのは……まぁええ、死なんようにな』
『そう簡単に死ぬかっての!』
減らず口は立派だが、やる事と言えばひたすら逃げて誘導する事だ。少々情けない。しかもそう簡単にはいかなかった。左手方向の道沿いに飛ぼうと振り向くとその先に親鬼二人が立ちはだかっていたのだ。
「いつの間に……?」
親鬼達は何も答えずニヤリと笑った。その笑顔の凄絶さは原初的な恐怖を呼び起こした。そして背後には巨鬼がゆっくりと近付いてきている。これは圧倒的な存在感で感知できる。分からない方がいいのかも知れないが。
前方の親鬼はそれぞれ左右の塀の上に腕組みをして立ち、微動だにしない。これで前後を広範囲に塞がれた形だ。どうする?
「なら……こっちだ!」
選んだのは真上。飛行能力を持つが故の選択だ。安全圏まで一気に飛び上がる――つもりだった。背中に強烈な衝撃。巨鬼が指先で弾き飛ばした瓦礫の幾つかが命中したのだ。
「嘘だろ……」
巨体は動きが鈍いという常識を軽々と打ち破られた。しかも魔王尊との同調率が増して能力が向上しているのに大ダメージだ。右の肩甲骨と右腿の裏、右肩は痛みで動かせそうにない。魔王尊の回復力に賭けるしかない。
ダメージで高度が下がる。視線の先には父鬼。頭の中の警戒警報が全開で叫ぶ。このままでは確実に命を落とすと。
「この!」
負けん気を振り絞って高度を上げる。目前に母鬼。右に躱して民家の上をすれすれに飛行。世間の目を気にしなければならない南野家は、そうそう派手な真似は出来ないはずだ。と考えていたら甘かった。親鬼達が屋根の上を足音もさせずに追いすがってくるではないか。
「そんなの有りかよ……」
更にあろう事か巨鬼まで歩を早めて追跡してくる。
「おい! アレ見られたらどうするつもりなんだよ!」
「どうもせん」
「はぁ!?」
「お父様の事など、誰も信じないわよ。見られても自分の目と頭を疑う方が先よ」
「そりゃまぁ確かに……」
「だから……ね?」
「安心してくたばれ!」
左右から同時攻撃。父鬼のフックと母鬼のビンタだ。前方に並ぶ民家の隙間を飛んで躱す。頭上で攻撃がぶつかり合い衝撃音が響く。周囲の窓ガラスが粉々に砕け散る。
「うひぃ!」
情けない悲鳴を上げながらも逃避行ならぬ逃飛行は止めない。いや加速している。その頭上をかすめるように何かが飛んだ。振り向くと巨鬼がまたもや瓦礫を弾き飛ばしている。
前方の小さな雑居ビルに風穴が開いた。
「ちょっ……いいのかアレ!」
「明日の新聞にはガス爆発か何かで載るだけだ」
「無茶言うな!」
父鬼が無責任な事を言う。元々責任など取るつもりなどある筈も無いが。そのつもりがあれば、初めから血生臭い儀式などやるはずもない。不意に前方から鋭い殺気が走る。全力で急制動をかけた。
目の前ギリギリに刃のような鉤爪があった。母鬼だ。黒い表面に街明かりが輝いている。
「ひえぇぇぇ……」
「惜しいこと。いい勘してるじゃない」
「そりゃどう……も!」
言い終わる寸前、体を高速で回転させながら急旋回。母鬼の背後に回り込んでダッシュ。地上すれすれの低空飛行に入った。そこに父鬼が上から拳を打ち下ろす。アスファルトが裂け、地割れが横――父鬼の肘方向に伸びる。なんとか躱して右の塀を跳び越える。その時に見えた。父鬼の前腕部に巨鬼のような鰭が伸び、微かに発光しているのを。
フックで部屋の壁を吹き飛ばしたのはこれか。超常的な力を発現させる器官なのかも知れない。
後ろから大質量が迫るのを感じた。本能が特大の危険を知らせ、一気に加速。一瞬前まで自分が居た場所が爆音と共に吹き飛んだ。
巨鬼が跳躍して拳を振り下ろしたのだ。無言で攻撃しているのは彼等なりに気を遣っているのか。
「無茶しやがる。もう知らんからな!」
「なんだ? 自分が責任でも取るつもりだったのか?」
「アンタに何が出来るつもりだったのかしら?」
「ああ、そうだな。確かにガキじゃなんも出来んわな」
圧倒され逃げ回っていただけだったのが、小馬鹿にされて闘志と反抗心が頭をもたげてきた。世のため人のためとまでは言わないが、「あんた達の為に頑張っているんだろう」と言いたくなるのが人情だ。押しつけなのは確かだが、それでも誰かのために頑張っているのをからかわれれば腹も立つ。ましてや当の相手から言われれば尚更だ。ダメージが癒えてきたのも怒りを後押しした。
体勢を立て直した。三方を囲まれる。
「さぁ諦めろ」
「大人しく生け贄になりなさいな」
「嫌なこった!」
親鬼達の悍ましげな顔に嘲りの色が浮かんだ。ハッタリだと思ったのだ。これまでのやり取りを考えれば当然だ。ただひたすらに逃げていただけなのだから。
上杉が僅かに高度を上げた。鬼達が軽く膝を落として身構える。また逃げると踏んだのだ。結果としてその予想は外れた。
夜空に溶け込むような漆黒の翼が二倍ほどに巨大化して朧気な光を放った。マラカイトのような淡く鮮やかなグリーンの光。
「最初に名前が決まった技だ! くらえ法力の羽根(エナジーフェザー)!」
「はぁ?」
呆れた事が隙を生む原因になった。翼から無数の小さな光が飛び、鬼達の全身に突き刺さる。僅かな苦鳴が上がる。深刻なダメージでなくとも痛いものは痛いのだ。たとえ人外であろうとも。
親鬼達の足が止まった隙にS宮に向かって移動を再開する。親鬼達が追跡するため突き刺さった光の羽根をもぎ取ろうと掴んだ――その瞬間、光の羽根が一斉に爆発した。
「ぐぁ!」
親鬼達の全身が爆発の輝きでかき消された。再び姿が現れた時、彼等の体は火傷で覆われていた。それほど深刻では無いにせよ初めて受けたダメージに動揺は隠せない。
が、それも僅かな間の事。すぐに怒りへと上書きされた。激怒のオーラを身に纏い猛然たる追跡が始まった。
「クッソガキがぁぁぁ!」
「八つ裂きじゃ済まさない! 細切れにして犬に食わせてやるぅぅぅ!」
巨鬼も雷鳴を思わせる咆哮を上げて走り出した。聞いた住民達は雷としか思わないだろう。
「これで捕まったら完全にアウトだな。でも!」
S宮はもう目の前だ。道路脇の杉の木を突っ切って突入成功。Eibonは――居ない。
『おいジジイ! 何処だ!』
『こっちじゃ』
『どっちだ!』
『あ~、何といったかの。この国の神社は専門用語が多くて困るのぉ』
呑気な事を言っている場合ではない。追っ手はすぐそこだ。
『だから! 何処なんだよ!』
『え~と、アレじゃ、その……け……け……なんとか言う……ほれ』
『境内か?』
『そうじゃそれじゃ! 早く言わんか』
『それはそっちの方だろうが!』
上杉が移動すると親鬼達も外側を回って付いてくる。それが違和感を与えた。
言葉にならない違和感。が、今はEibonと合流するのが先だ。神社の敷地をぐるっと回り、境内に出ると見慣れたローブの男がいた。
「手間を取らせおるわ」
「どっちが! とにかくだ。あいつらを弱体化させるんだろう!」
「うむ。では奴らを誘い込め」
上杉の頭にクエスチョンが浮かんだ。何故誘い込む必要がある? 自分を追ってきているのに。
Eibonが指さす方を見ると、親鬼達は建物の陰に隠れてこちらを睨んでいる。普通の人間が見たら、それだけで気絶しそうな形相だ。
どうして一気に攻撃してこないのか。上杉が感じた違和感の正体がこれだ。
「忘れたか? 奴らが何者なのかを」
「あ……バケモノか」
彼等は神域には入り難いのだ。肉体レベルの存在なので不可能と言うわけでは無いが、やはりキツいので入りたい所ではないらしい。
「じゃぁ出てくるのを待ってるってワケか」
「ずっと立てこもる事も出来まいしな」
弱体化の準備は既に終わっているらしい。ならばやる事は一つだ。
上杉が道路との境界になっているフェンズの上に立って親鬼達に相対した。
(南野……すまん。これもお前さん達の為だ。許してくれ。なんなら後でジャンピング土下座でもするからな)
大きく息を吸って大声を張り上げた。
「やーい、お前等の娘は(自主規制)だったぞ!」
数瞬の沈黙。そしてこれまでに数倍する怒気が吹き上がった。種馬でも赤面するであろう罵倒と侮辱の嵐だったのだ。
「おっ……どれがあぁぁぁ!」
「クソガキいぃぃぃ!」
巨鬼も遂に盛大な咆哮を上げた。怒りが自制心を吹き飛ばしたのだ。
怒りの烈気に押されるように上杉がEibonの横に退避。親鬼達がフェンスを突き破って雪崩れ込んできた。
「おいジジイ!」
「心配無用じゃ」
親鬼達が境内に入り込んだ瞬間。敷地内全域に光の線が走り、彼等の動きを封じた。光の線を上から見ると五芒星を二重の縁で囲み、その隙間にはびっしりと古代の言語が書き込まれているのが見えただろう。
「これは……」
「魔道士を甘く見るでないぞ」
親鬼達は三人共に汗を流し、地面に膝をついて喘いでいる。相当にキツいようだ。
Eibonが指先で宙に小さな魔法陣を描いた。今度は六芒星の各頂点に古代文字が纏わり付いている。次いで手印を結び奇怪な呪文を唱えた。
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ほまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ! くとぅぐあ!」
敷地内に描かれた魔法陣が一瞬だけ輝きを強め、何かを引きずり込むように引いていく。それにつられたのか、親鬼達が更に崩れ落ちていく。
「おお、やるなジジイ!」
「ほれ、お膳立ては出来た。後はお主がやるがええ」
頷いた上杉が飛び立ち手印を結び呪文を唱える。
「 オン・ヒラヒラ・ケン・ヒラケンノウ・ソワカ!」
これも天狗真言だ。上杉の全身が先程と同じ淡いグリーンの光に包まれた。
ヴァジュラを抜き切っ先を天に向けて構える。瞑目して更に天狗真言を唱えると、全身に纏った光がヴァジュラに流れ込んでいく。構えを八相に変えた。野球のバッターに近い構えだ。
「二番目に考えた技だ。くらえ! 明星光(モーニングスター)!」
一気に急降下。親鬼達の中央に斬撃を叩きつけた。無音の閃光が敵をまとめて包み、光の柱が天に向かって突き抜けた。
後には上杉と寝間着姿の三人がいた。南野家夫婦と祖父。両親は筋肉の肥大化が収まり、身長は大柄と言える程度に収まり普通の人間として見える。祖父は――むしろ小柄な老人だった。ついでに頭髪も少ない。この老人があの巨体になっていたのか。横たわる彼等を眺めながら片膝をつく上杉。さすがに疲れたのだろう。時間も既に午前三時半。もう早朝と言ってもいいかも知れない。
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