第5話 決戦①
「便利なもんだな。これからはこれで来るか……いや、何で今までこうしなかったんだ!」
「問答無用で来させて良いのか?」
「くっ……」
横着は封じられてしまった。確かに自分の都合で来る方がいいのは間違いない。
それよりも問題は彼女をどうするかだ。学校の皆には悪いが、もう少し寝ていてもらう。その方が何かと都合がいい。学校の皆はまだアストラルライトを抜かれただけなので問題はない。集団ヒステリーと言う事で落ち着くだろう。
取りあえず南野はEibonの寝椅子に横たえた。
「肉体的にはどうにもならないんだろう? だったら忘れてもらえばいいんじゃないか?」
「催眠術か何かでか? 単純な発想じゃの」
「うるせぇ! ならどうするってんだよ」
「亡き者にすれば早いじゃろ」
「この世界じゃそうはいかねぇんだよ。古代人の発想はやめろ」
とは言うものの、都合のいい奇跡など期待できない。もちろん命を奪う事など言語道断である。催眠術が上手く行ったとしても一時しのぎなのは間違いない。ではどうするのか。いい方法はないものか。
「待てよ? ジジイがここに居るのは違う世界線から来たからだよな?」
「うむ、時間も違うがの」
「世界線ってのは小さな分岐が無数に連なって出来てんだよな?」
「そうじゃ。それが複数・多数重なる事で多元世界となる。無論この世界もそうじゃ」
「じゃぁ、彼女が普通の人間な世界もあるってことだよな?」
「普通の人間である彼女と入れ替えるか? そうしたら向こうの世界線でこの彼女が暴れるだけじゃろうが」
「そうか……」
入れ替え作戦は不発に終わった。そもそもそんな都合のいい世界線を探すだけでもどれだけかかる事やら。それに家族も当然同じ事なのだろうし、尚更大変である。
「じゃぁどうする……って言わんぞ。答えは分かってるからな」
「一番確実な解決方法なんじゃがの」
「うるせぇ! 現代人の知恵をみせてやる」
「現代人の知恵を代表出来るとも思えんがな」
「てめぇはいちいち……」
言い争っていても埒があかないと深呼吸をして考え込む。が、上手いアイディアは浮かんでこなかった。
「現代人の知恵でも解決は出来んようじゃの」
「うるせぇっての! こんな突然の事件で都合良く行くわけねぇだろ」
それはそうだが、事件という物はいつも突然に起きると相場が決まっている。だからこそ事件なのだ。泣き言を言ってもこれは変わらない。
「くそ、いっその事……宇宙人にでも誘拐されたら解決するのにな」
「誘拐……?」
「ああ、UFO事件でよくあるんだよ、宇宙人に攫われてウンタラカンタラってのが」
「出来ん事はないぞ」
「はぁ!?」
突然の展開に驚きを隠せなった。というか本来はやってはいけない事だ。それでもこの事態を何とか出来るならと一縷の望みをかけて聞いてみる事にした。
「どうするってんだ? 犯罪の片棒を担ぐのはごめんだぞ」
「違うわバカタレが。儂が崇拝する神ではないが、旧支配者ハスターの従者であるバイアクヘーと言う奴を使えば他星系へと連れて行ける。ハスターの力を直接借りる事は出来んが――交渉が無いのでな――従者なら儂の魔術で使役する事は可能じゃ。UFOとやらとえらく変わらんじゃろう」
「おいおい……旧支配者が復活しちゃ拙いんじゃなかったのかよ」
「当面じゃが復活して拙いのはクトゥルーという水の旧支配者じゃ。奴が復活した時点で地球は終わる。そやつと敵対しておるのがハスターじゃ。故に……な」
敵の敵は味方というわけである。非力な人類としてはそうするしか無いのであろう。ちなみにEibonが崇拝するゾタクアもクトゥルーとは仲が悪いのだそうだ。
しかしバイアクヘーで誘拐してどうするのか。攫っておいて「ハイお仕舞い」というわけにもいかない。
「バイアクヘーでハスターの本拠地であるヒアデス星団に連れて行くんじゃよ。牡牛座の顔の部分に当たる『V』の字状の星の並びじゃな。その中にある古代都市カルコサに移住――強制的なのは仕方ないが――させればええ。あそこの住人なら心配は無用じゃ。カルコサ近くの『黒きハリ湖』にはハスターが眠っておるし、まぁ無茶は出来まいて。多少の不満はあろうが……死ぬよりはマシじゃと思ってもらうしかなかろう」
「おお! 初めて当てになったな! 見直したぞジジイ」
Eibonの肩をバンバン叩きながら褒める。いや、褒めているのかどうかは微妙だが、この男にしては破格の扱いなのである。
「……まぁええ。しかし問題もあるぞ」
「だよなぁ……」
最低でも南野の家族全員を運ぶ事になるが、大人しく話を聞き入れてくれる筈も無い。つまり、彼女と同じく戦って意識を失ってもらわねばならないのである。
一度気絶してもらえば、後はEibonの術で眠り続けさせるのは簡単という事だった。現に南野には既に術をかけて眠ってもらっている。後は彼女の家族が何人いようと、眠ってもらえばなんとかなるのだ。
社会的には「一家失踪」という形になってしまうが、現状では他に手段が無いのも事実だし、カルコサに移住すれば地球での評判など気にもなるまい――一方的極まりないが、そこは勘弁してもらおう。
「なら、事は早いほうがいいな。今夜の寝込みを襲うとするか」
「物騒な事を言いよる」
「てめぇが言うか!」
彼女の住所等はEibonの占術ですぐに分かった。家族構成は四人。あと三人何とかすればいいと判明した。彼女と同等かそれ以上のレベルであろう三人を相手にするのかと思うと気が重いが、乗りかかった船だ、何とかするしか無い。
その日の深夜二時。正確には日付が変わっているが、気分的には「その日の深夜」だ。南野家とその周囲の住民にはEibonの術で朝まで少々のことでは目を覚まさないようにしてもらっている。魔道士とは便利なものだ。
魔王尊の力を発現して山伏装束に身を包み、右手には天狗のトレードマークである羽団扇を握っている。作戦は荒っぽいが「もう仕方が無い」と割り切って事に臨むと決めた。多少の事は覚悟したとEibonにも告げた。自分の退路を断ったのだ。
目の前にはごく普通の家が静かに建っている。門の柵を跳び越えると、魔王尊の力で玄関の鍵を開けた。そっとドアを開けると僅かな血の臭いが鼻をついた。南野が言ったとおりのようだ。血生臭い儀式が――いや、儀式の後の饗宴が行われていた証拠だ。そのまま低空飛行で南野家父母の寝室へと向かう。大体の場所はすでに気配で察知出来るようになっていた。
家人は皆Eibonの術で通常よりも深い眠りについている筈だが、彼の館まで運ぶ為には更に深い眠り――気絶状態になってもらう必要がある。そのために魔法の薬「フルオロライトの妙薬」も用意しているが、効かない場合は「荒っぽい仕事」が欠かせない。言い換えれば一撃で気絶してもらえなかったら……拙い事になる。
そっと寝室のドアを開けると、二人とも気持ちよく寝ている。申し訳ないがやるしか無い。羽団扇にフルオロライトの妙薬を振りかけて意識を集中。力が羽団扇へと流れ込む状態を映像でイメージする。羽団扇はだんだん重くなってきた。流れ込んだ力を撒き散らすように羽団扇を振った。
部屋の中だけにそよ風と淡い光が舞い、夫婦を包み込んだ。
光が粒となって降り注いだその時。突然右から鉈のような殺気が襲いかかってきた。首筋がキュッと冷え、怖気が走る。本能に突き動かされ全力でダッキング。殺気を放つ本体が、一瞬前まで頸があった位置を薙ぎ払い髪の毛が数本持って行かれた。
続けて上から刀のような殺気が。全力で左へ飛ぶ。着地よりも冷や汗が噴き出す方が早かった。
殺気の主は――探すまでも無い、部屋の反対側にいた。これが南野の両親か。南野志穂がまだマシに見える程の形相。もはや怒気を具現化したかと思える程のつり上がった目と口。ナイフのような牙。力を象徴する太く曲がりくねった角。夫婦共に二メートルを超える大柄な骨格に岩を削って作り上げたような筋肉がこれでもかと張り付いた肉体に下着だけの姿。伝説に聞く鬼そのものだった。
「こりゃしくじったか。それと……あと一人。ヤバいな」
親鬼とでも言うべき二人は、上杉の軽口にも乗らず無表情に問い質す。
「貴様、何処の誰だ? 娘を拐かした奴か?」
「やってくれるじゃない。あの子もそういう年頃になったのね」
「なに感心してんだよ!」
洞窟から響いてくるような声に下っ腹を揺さぶられながらもツッコミを入れる辺り、大した度胸だ。
しかしEibonの術と薬が何故に効いていないのか。上杉には分かるはずもないが、本来彼等は精神系の術に弱い。物理攻撃のやり取りに特化した種族なのだ。古来伝えられる鬼のモデルとなったのが彼等の祖先である。だが娘である志穂が帰ってこない事から「何事かがあった。ならばまとめて始末しに来るであろう」と予測して、自分たちの弱点(精神攻撃)を突かれても大丈夫なように防御態勢を作っていたのである。家の中全体に先祖伝来の五芒星石を配置していたのだ。
「厄介な事になったな……」
「いや、『絶体絶命』の間違い……だ!」
父鬼が右フックをフルスイング。一瞬早く上杉がバク転で回避。壁や窓が盛大に吹き飛ぶ。着地点に母鬼が右拳を打ち下ろす。床が砕けた。上杉は窓があった辺りから外へ飛び出して危機を逃れる。
庭の塀の上に着地。親鬼達がゆっくりと庭へ出てきた。間を置かず地鳴りが響き始めた。それは急速に大きさを増し、明確な振動を伴う。それが極大に達した時。南野家を吹き飛ばして「それ」が現れた。
親鬼達を更に超える巨体。三メートルに届かんとする偉容は鬼の様相を残してはいるが、更に非人間的だった。極端に吊り上がった相貌はねじくれ、その目は夜空のように黒一色。赤黒い肌はぬめり、光沢を湛えて街明かりを反射させている。何よりも特徴的なのは背中と前腕部に鰭があることだ。
巨大な「それ」は咆哮を上げるでも無く、異物たる上杉を睨めつけた。瞳も分からないのに視線が分かるのだ。内在する力が圧倒的であるが故なのか。
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