第3話 邂逅②
「正気かジジイ?」
「無論じゃ。男女平等の時代なんじゃろう?」
あっさりと返された上杉は言葉を失った。一体、このEibonという老人は何を考えているのか、何をやろうとしているのか。そもそも彼の言う事は本当なのか。様々な考えが上杉景虎の頭の中を駆け巡る。
「ああ……いいか、ジジイ。確かにあんたの言ってる事に状況証拠はあるみたいだ。でもな、それと言葉だけでこんな突拍子もない話を信じろって方が無理だろうが」
「ふむ。ではどうする?」
「あんた、自分を魔道師だつってたな。じゃぁ派手な魔法の一つでも見せてもらおうか」
「もっともな言い分じゃな。では説明の続きも兼ねて……ほれ」
Eibonがテーブルの上にしゃがんだまま、右手の人差指で空中に何かを描いた。途端に周囲が暗くなり、無数の光点が煌めき始める。頭上にも足下にも。この時点で上杉は方向感覚と上下感覚を失っていた。
Eibonは慌てふためき手足をジタバタさせる少年の姿勢を正し、落ち着かせる。そうするうちにも光点は成長し、その姿をハッキリとした形にしていく。図鑑などで見慣れた太陽系だ。
そう認識した途端、その姿が猛烈な早さで遠ざかっていった。同時に強烈な加速感に襲われる。
「うおぉぉぉぉぉ!?」
いつの間にやらバランスをとれるようになった上杉が目を白黒させる。そして、一瞬で銀河系を見下ろす位置にまで移動した。子供の頃に図鑑で見た姿だ。
よく見ると、幾つかの星が煌めいては消えていくのが分かった。
「……これが人類誕生以前に起こった神々の戦いじゃ」
少年は言葉もなく、ただ消え行く光を見つめていた。
「旧き神々と旧き支配者達の戦いは我らの想像をいとも容易く超えよる。幾つもの恒星が消え、星座もその形を変えたんじゃ」
その戦いは、宇宙の秩序を守る神々と、宇宙の深淵から現れた強大にして邪悪な支配者達の間で勃発した。宇宙の法則――秩序を尊しとする旧き神々。対して腐敗と堕落を極めたが故に混沌たる根源に行き着き、神々にも勝らんとする力を手に入れた旧き支配者達。両者の抗争は永劫とも思える程に続き、想像を絶する戦いの果てに旧き神々が勝利し、不滅の存在となっている旧き支配者達は個別に封印される事となった。この地球にも。
上杉景虎は勇ましい名前にはほど遠い有様で言葉も無い。
「では戻ろうかの」
Eibonが指を鳴らすと、一瞬で元の部屋に戻った。Eibonもテーブルにしゃがんだままだ。少年は椅子に腰かけたままだが、さすがにぐったりとしている。が、すぐに気力を取り戻したのは生来の図太さ故か。
「……取りあえず納得はした。……で、そういうトンデモねぇ奴らが地球にいやがんのか?」
「うむ、何体かおる。奴らは実体を持っておるからの、厳密な意味ではアレじゃが……儂は邪神と呼んでおる。しかも邪神共はあまりに強大すぎてな、あらゆる世界線に現れしまうんじゃ」
「で、俺に奴らを仕留めろと? 魔法少年とかになって。いや無理だろあんなの!」
当然の感想だ。そもそも封印されているなら放っておけばいいのではないか。
「ところがそうもいかんのじゃ。いずれ――遠い未来ではあるが、封印が解けてしまうんじゃよ。いや、小物はとうにチラホラと蠢いておるしの」
「それって大問題じゃねぇか! なに落ち着いてんだこのジジイ! なんとかしろよ!」
思わず大声を張り上げた。大した回復力だ。Eibonはそんな姿に満足そうに頷く。
「それが――この『魔法少年計画』じゃ」
「あ、そういう事ね……」
老人は自分の計画を詳しく語った。いずれ復活する邪神、それを成すべく蠢く邪神の配下達。それらに対して魔法をもって抗おうというのだった。
邪神対魔法。一見すると出来そうな気はする。だがそう簡単にいくはずもない。確かにこの老人が操る魔法は一個人が持つには大き過ぎる力だろうが、それで桁外れの力を誇る邪神達に対抗するなど……。
「できるワケがあるかバカタレが。それにな、魔法で直接邪神と戦うと誰が言うた」
「は? それじゃぁ何をしろと?」
「お前さんにはな、魔法を使って邪神の配下を斃してもらいたいんじゃよ」
「配下? 子分ってのはさっき言ってた小物か?」
邪神達は自らが封印される寸前、残された力を使い自分達を復活させる為に様々な従属種族を生み出した。深き者ども、暗き者ども、それらから生まれた混血種族……彼等は自分が仕える主を復活させるために日々暗躍しているのだ。
それらを斃す事で邪神の復活を当面阻止して欲しいと言う。しかし本当にそれで充分なのか。間に合うのか。
「言ったじゃろう、アストラル体は時間も空間も越えて投射できる。様々な場所や時代に、幾つもの世界線に同時に投射しておるんじゃ。大量かつあらゆる時間軸・世界線で――そうでもせんとどうにもならん」
だが何故その役目が自分なのか。そんな事をするのは実行力や行動範囲の大きな大人の方が適任なのではないのか。
「まず……契約するには特定の条件があっての。紫水晶(アメジスト)の魂を持っておらねばならんのじゃ」
「魂に色があるとは初耳だな」
上杉が茶々をいれる。
「まぁ科学的な色とは違うの。そうじゃな……例えと言うか象徴言うか」
「ふむ、『しょうちょう』考えた例えなのか」
「…………」
「…………」
上杉のダジャレで重苦しい沈黙が流れた。そして――その沈黙を破ったのも彼だった。
「気の効いた軽いジョークで笑わんジジイには年金を払わんぞ!」
「お前はまだ払っとらんじゃろうがバカタレ! それにここの儂はアストラル体じゃ!」
言われて思い出したのか、上杉は腕組みをしてあらぬ方を向いた。
「それもそうだな」
と一人でぶつぶつ言っている。
「まったく厄介な適合者じゃな。それと、学生と言う特殊な環境もあるんじゃ」
社会人は日々の仕事や生活に追われ、とてもでは無いがそんな時間も気力もない。仕事に差し支えがあっては誰もやらないだろう。
故に気楽な学生であると言う事が重要なファクターなのだ。何よりも行動の自由度が高いという事が大きい。加えて若い分だけ適応力も高い。
話は分かったが、それだけで危険はは冒せない。
「じゃから褒美を用意した。お主が十分な働きをしたら、儂の魔術で願いを一つだけ叶えてやろう。儂に可能な範囲で……じゃがな」
上杉の目が輝いた。世界征服だの億万長者だのは無理だが、宝くじで一等を引くだの恋愛運アップだのはわけは無いという。
これまでの不可思議な体験が信憑性を裏打ちした。
そして何より――ケンカ屋の血が騒ぐ。魔法での戦いなら、警察のやっかいになる事もないのだ。これなら暴れ放題というわけだ。
「で……どうするかの。やってみんか?」
少年は頷いた。
「刺激は幾らあっても構わん!」
提案した老人はは満面の笑顔を浮かべた。
「では決まりじゃの」
Eibonは一つ手を打ち、上杉の胸に指先を走らせた。その軌跡が淡く光り小さな魔法陣を形成した。
「これで儂との契約は完了じゃ。次は――」
Eibonが振り向き何も無い空間をノックすると、レンガ造りの頑丈そうな部屋が出現した。
誘われるままに部屋へと進むと、見渡す限りに並んだテーブルの上に様々な像が整然と置かれていた。サイズはどれも三十センチ前後。人間型や獣型、鳥やドラゴン、果ては一言では言い表せないような怪物まである。
だが無彩色の灰色の物と鮮やかに彩られた物があった。
「うむ、これはの……これら全てが『地球の神々の像』なんじゃ。これらの中から一体を選んで守護として契約してもらう。契約した神の力を借りるんじゃ。契約した神の像は本来の色を取り戻し、識別できるという仕組みじゃ」
よく見ると契約済の魔神が驚くほど多い。どう見ても軽く三桁はあるだろう。
「だから言ったじゃろう、並列進行なんじゃよ。お主らの学校だけではない。今この瞬間にも日本国内だけで三か所、それを世界規模で……しかも様々な時代・世界線でやっとるんじゃからの」
「なるほどな」
像を眺めながら歩いていると、ピンと来るものを見つけた。
一目で天狗と分かるが、少しイメージとは違う。どちらかと言えば人間寄りだ。
「ほう、魔王尊を選んだか」
「魔王?」
「六百五十万年前に金星からやって来たとされる大霊じゃ。天狗界の大物じゃぞ」
「おお! さすがは俺だ!」
妙な褒め方をしているが本人は至って真剣だ。こうして自分の守護を魔王尊に決めた。
Eibonは床に一枚の黒い敷物を広げた。見ると幾重もの円の中に複雑な模様と見慣れない文字が描かれている――かなり複雑な魔法陣だ。
上杉は選んだ魔神像を持たされ、魔法陣の中心に座らされた。次いでナイフを渡され、言われるがままに指先を切り像に血を垂らした。
「痛てぇな」
ぐちる少年ににEibonが突っ込む。
「魔術っぽくてええじゃろう」
「まさか……演出のためだけにやらせたんじゃあるまいな」
「そんなわけがあるかバカタレ。さ、始めるぞい。深呼吸して心を落ち着かせるんじゃ」
Eibonが聞き慣れない言語で呪文を唱え始めると、魔法陣が燐光を放ちだす。燐光そのものとなった魔法陣が上昇し、上杉の胸のあたりに滞空する。敷物に眼をやると――何も描かれていない。ただの真っ黒な敷物だ。
滞空していた魔法陣が緩やかに回転を始める。Eibonが胸前で組んでいた手を頭上に掲げると、持っている像が彩りを帯びてきた。そして色彩が淡い光となって上杉の体に流れ込んでいく。
流れ込んできた光が熱を帯び、全身に広がり一体化していく感覚。体中に力が満ちる。
「よし、これで終わりじゃ。像を見てみい」
天狗は鮮やかな赤ら顔になり、白い山伏らしい装束に身を包んでいた。
「なんか天狗ってのは見た目の派手さに欠けるな……」
「仕方あるまい。この国の神々は皆質素じゃからな」
言われてみればそんな気がする。古事記の神々も白い貫頭衣だけのイメージだ。
「それでは力の操り方を教えようかの……ってこら!」
Eibonが説明するよりも先に、上杉は魔王尊の力を発現させていたではないか。制服の背中に黒い翼を出して宙を舞い、ヴァジュラと呼ばれる剣を実体化させて振り回していた。
「まったく……要領がいいのか無鉄砲なのか……勘がいいのだけは間違いなさそうじゃが」
降りてきた上杉にトレーニング用の相手を用意した。指を鳴らして不定形に蠢く怪物を出現させたのである。
「うおぉ! 気色悪い!」
「ショゴスという。こいつに勝てんと話にならんぞ」
ヴァジュラを握り直した上杉が飛び立つ。
「よっしゃぁ! やってやらぁぁぁ!」
言い終わる前にヴァジュラで一撃入れている。急降下の勢いに斬撃を乗せたのだ。その速度のまま、急旋回を繰り返し上下左右前後から滅多斬りにしていく。
「よくもまぁ初めてであそこまでやれるものよ……うん?」
Eibonが感心した矢先、上杉が突然に着地してうずくまる。
「どうした、まだショゴスは……」
「ぅおえぇぇぇぇ……」
嘔吐している。高速で急旋回を繰り返していては当たり前だ。Eibonが背中をさすって介抱してやる。
「まったく……こんな無茶苦茶な奴は初めてじゃ」
「う、うるせぇ……ぐぅおぉぅぇぇぇ……」
今日はもう止めるかと聞くと、意地でも続けるという。根性も大した物だ。
「旋回中にゲロを吐かんように気を付けい」
「やかましい! 要らん世話だ!」
また飛び上がるが今度は用心したのか、いきなりの突撃はせず滞空している。何を仕掛けようというのか。ヴァジュラを胸の前で掲げ、目を閉じている。すると闇を固めたような翼から光の粒子が舞い、ヴァジュラに集まっていく。
「ぃよっしゃぁ!」
ヴァジュラを逆手に持ち替えてショゴスに投擲した。ほぼ真上から突き刺さったヴァジュラに向けて急降下。その勢いのまま柄頭に蹴りを加える。瞬間、光が爆ぜてショゴスが消滅したではないか。
「おっしゃぁぁらぁ! どうだジジイ、見たかジジイ!」
「ほほう、よくやったの。法力の制御まで出来るとは驚きじゃ」
「おうよ! なんかこう……出来そうな気がしたんでな、やってみたら案の定だ」
「それは魔王尊が教えてくれたんじゃ。この力を使えば使うほどに分かっていくじゃろう。出来る事も増えていこう。力を行使する際の姿も変わっていく」
「……天狗顔は嫌だぞ」
「装束が替わるだけじゃ。心配するな」
「ならいい。他に気を付ける事はないか? 使いすぎたら人格を乗っ取られるとか」
「なんでホラーの展開なんじゃバカタレ。そんな事は無いから安心せい」
それよりも今後出会うであろう邪神の眷属への警戒を促した。
「この辺りは古代吉備王国じゃった。いわゆる正史以前のな。正史以降の王朝は旧き神々や新しき神々の加護を得ておるが、それ以前の王朝は……」
「邪神達の加護って事か?」
「そうじゃ。その末裔達が暗躍しておる。用心せい」
「意味無しにここへ来たワケじゃないんだな」
「当たり前じゃ。お主とは違うでな」
「可愛げの無いジジイだ」
その日はそれで帰り、翌日はアルバイトの帰りにEibonの館でトレーニング――と言うよりも一暴れして行ったのだった。
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