マリア様の推理
言葉を選びながら、マリアは言った。
「あなたの契約書には、いずれも仰々しい文体で『無利子でカネを貸す』と書かれていた。けれど、注目すべきは契約書の細則のほうだった。そこには、たとえば二万バレイを返済期間一ヶ月で貸し出した契約書なら『一ヶ月後の返済時には二万バレイまたはその金額に相当する額の五大通貨のいずれかで返済する』と書かれていた」
林檎半島で入手できる五大通貨とは、ゴールド、バレイ、クーリット、サルディ、キンだ。
「二万バレイなら、一万ゴールドに相当する。もしも公国の商人からバレイを購入するとしたら、手数料を除いて一万ゴールドを渡す必要がある」
「交換レートは一バレイ=半ゴールドですからね」
俺は相槌を打つ。マリアは続けた。
「けれど、そのレートを守らなければならないという決まりはどこにもない。王国の法律でも魔道教会の戒律でも、換算レートは縛られていない。相手国のあることだから、縛りようがない。通貨を交換する商人同士がお互いに納得していれば、どんなレートで交換しても構わない」
「それが?」
「話をあなたの契約書に戻しましょう、ルーデンス。……あなたは二万バレイを債務者に貸した。一ヶ月後にあなたは返済として二万バレイを受け取ることもできた。だけど、きっとあなたはそうしなかったはず。代わりにあなたは、一万一六七ゴールドを受け取ったのではなくて?」
「一六七ゴールド? その金額はどこから出て来たのですか?」
「二万バレイは一万ゴールドに相当する。そして一万ゴールドを年利二割で貸した場合、一ヶ月あたりの利子は一六七ゴールドになる」
「つまり俺は、貸したカネとは違う通貨で返済を受け取ることで儲けを出したとおっしゃるのですね。無利子を謳った契約書を交わしながら、自分に有利なレートで計算することで、事実上の利子を受け取っていたのではないか、と……。マリア様はそう推理なさっているわけだ」
「違うの?」
俺はマリアの言葉を、否定も肯定もしなかった。
ただ、おどけて笑うだけだった。
「あなた様は商人としても類まれな才能をお持ちのようだ、マリア様」
マリアの推測は正解だ。文句のつけようがない。
通常のレートなら一バレイ=〇・五ゴールド。
しかし一バレイ=〇・五〇八三五ゴールドのレートで返済金額を計算すれば、マリアの言う通り一万一六七ゴールドを受け取ることができる。
たとえ利子を禁じられても、為替差損益にそれを織り込むことで禁令を回避できる。
俺はこの方法で諸外国の貴人たちからカネを借り、商人たちにカネを貸したのである。
これこそが俺の〝策〟だった。
利子を(書類上では)取らずに、融資で儲けを出す方法だった。
俺たちは城門の近くまで来ていた。
重たい樫材の扉が開け放たれ、跳ね橋が降ろされている。
橋を渡った先には四頭立ての馬車が俺を待っていた。
「ご主人〜〜〜!!」
そして馬車の隣では、ハーフサキュバスがぶんぶんと手を振っていた。
お土産を渡されたのだろう。もう一方の手には何かの包みを抱えている。
おそらくパイか何かの料理だ。
俺はマリアを振り返った。
「お見送りありがとうございました。それでは俺はここで――」
「待って。種明かしが必要な手品はもう一つあるわ」
「と申しますと?」
「林檎半島に大嵐が近づいていたあの日――。この城のお抱えの占星術師が、強力な魔法の発動に気づいたの。空中を流れる魔力が、激しく乱れたそうよ。誰かがこの半島内で、強い魔術を使ったことは明らかだった。それが誰なのかは分からないけれど、発動者のいる方角だけは分かった」
「面白い話ですね」
「ルクレツィアの調査によれば、港町の教会の聖職者もその日、魔法の発動に気付いたらしいわ。教会もまた、魔法を使った人物までは特定できなかった。けれど、発動者のいる方角だけは分かった」
マリアは挑むような表情で俺を見た。
「二つの別の地点から判明したそれぞれの方角に、地図上で直線を伸ばしていくと、〝踊る翼獅子亭〟の上で交差した。これは何を意味するのかしら?」
「さあ? 見当もつきませんが――」
「大嵐を退けたのはあなたではないの、ルーデンス? うちの占星術師によれば〝豪運〟という、ごく珍しい能力が存在するそうね。あなたはその能力の持ち主なのでは?」
「俺が〝大市〟で儲けるために、その能力を使ったとおっしゃるのですか?」
「私はそう疑っている。だけど、解せない点が一つある。〝豪運〟の力には、強烈な代償が伴うはず。下手をすれば命を落とすし、どれほど少なく見積もっても一ヶ月間はベッドから起き上がれなくなるはず。あなたは〝大市〟の期間中、寝込んでいたはずなのに――」
俺は笑った。
「考えすぎですよ、マリア様」
「でも――」
「〝大市〟の期間中、俺はずっと広場で長机を出していた。おかげで『長机(バンク)の男』というあだ名まで頂戴した。〝大市〟に参加した数えきれないほどの商人たちが、俺のことを目撃しています」
「だったらなぜ、大嵐は進路を変えたの?」
「それはもちろん――」
俺は肩をすくめる。
「――運が良かったんですよ、この半島の人々は」
◆
ちょうどその頃、魔術師は王都の大図書館にいた。
四辺に鉄の鋲が打たれた重たい魔術書を書見台に載せて、彼女は一ページずつ古代の知識を紐解いていた。
何か気づくたびに、手元の小さな黒板にメモを取っていく。
図書館の高い天井に、サラサラとチョークの走る音が響く。
そこに現れたのは、大祭司だった。
「――よもや、そなたの仕業ではあるまいな」
「大祭司様?」
ページから目を上げて、魔術師はギョッとした。
大祭司の顔には、疲労の色がくっきりと表れていた。
わずかひと月ほどで、たっぷり十年は年老いたように見える。
頬はげっそりとこけて、目は落ちくぼんでいた。
まともな睡眠が取れていない証拠だった。
「私の仕業、と申しますと?」
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