大祭司、キレる。
幽霊でも見たかのような顔で、大祭司は尋ねる。
「無利子で? ならば、教理には背いていないというのか?」
「はい」と魔術師がうなずく。「その商人に命じて、ルーデンスが作成したという契約書の写しを入手させました。文面をくまなく読みましたが、異端審問に呼び出せるような部分はどこにも――」
「だが、それでは理屈に合わんだろう? 利子を取らねば、儲けは出まい。まさか無私無欲でカネを貸したわけではなかろう?」
「その通りよ、パパ。あのクズが他人のために汗を流すはずがない。きっと、何か儲けるためのカラクリがあるはずなの」
盗賊は大祭司の前で膝をついた。
「ですから大祭司様――。どうか今一度、ルーデンスなる男を調べたほうがいいとご進言する次第です。〝林檎家〟との関係を考えれば、秘密裡の調査とならざるをえないでしょう。ルーデンスの正体が〝遊び人〟アルレッキーノだったとして、オレたちでは面が割れています。他の人間を送り込む必要がありましょう。それでも、やつは無類の女好き。顔のいい女を何人か送り込めば、必ずや尻尾を出すかと――」
大祭司は訝しがった。
「しかし、なぜ〝今〟なのだ? 『徴利禁止令』の発令により、今の王国ではカネの貸し借りが止まっている。ただカネを貸したというだけで、世間からの注目を集めてしまう。そんな危険を冒して、なぜ今、この時期に、ルーデンスはカネを貸したのだ?」
「〝秋の大市〟です」と魔術師。「大祭司様もご承知の通り、林檎半島では年に二回の〝大市〟が開かれています。何をやらかすつもりか分かりませんが、ルーデンス――いいえ、〝遊び人〟アルレッキーノは、その〝大市〟でカネを儲けるつもりのようです。そのために、〝大市〟に参加する予定の商人たちにカネを貸しているのだとか」
「なるほど……。では〝大市〟が中止になったら?」
「そんな当たり前のこと訊かないでよ、パパ! きっとあいつは破滅でしょうね。〝大市〟が中止になれば、あいつは貸したカネを回収できない――」
「ふふふ……」
大祭司は笑った。
「パパ?」
「ふふふ、ふふはは、ははははは!」
大祭司の豹変ぶりを、四人は訝しがった。
「お義父上(ちちうえ)、どうなさったのです?」
心配そうに見つめる勇者を尻目に、大祭司は体を折り曲げて爆笑した。
「あーっはっはっ! いや、いや。これは傑作だ。やはり天は間違いを正してくださる! 聖なる魔道書は決して悪を見逃さず、鉄槌を下してくださる!」
盗賊は立ち上がり、一歩、後退りした。
「何の話をしていらっしゃるのです?」
大祭司は水晶玉を手に取り、四人に向かって差し出した。
「我ら魔道教会は、世界中に聖堂や修道院を作り、この水晶玉で連絡を取り合っておる。事件や事故、天変地異の知らせをいち早く入手できる――」
日が傾きつつあった。講堂の気温が下がり、冷たい風が吹き込んできた。
勇者たち四人は身震いした。
「つい先ほど、連絡があったのだよ。大嵐(ハリケーン)が発生したという連絡が」
得意げに大祭司は言った。
「〝西の海〟の沿岸に点在する教会から、次々に連絡が入っている。極めて凶暴な嵐であるらしい。波は城をも飲み込むほど高く、桟橋はことごとく流されて、防波堤は角砂糖のように崩れ去っていると! すでに数え切れぬほどの死者が出ていると!!」
勇者はごくりと唾を飲む。
うっとりとした表情で、大祭司は続けた。
「天は我らに味方した。このまま大嵐が北上すれば、十中八九、一週間ほどで林檎半島に直撃する。あの地の小さな港町で破壊の限りを尽くす。たしか十五、六年前にも、似たような大嵐があの半島を襲ったはずだ。その時は町の復興だけで、半年かかった――」
「つまりパパ! 今年の〝秋の大市〟も中止になるってことね!?」
「さよう。港が壊れ、広場が汚泥に覆われている状況では、〝大市〟どころではないはずだ!」
大祭司と僧侶の親子は、手を取り合って喜んだ。
その様子を、盗賊と魔術師は冷ややかな目で見つめていた。
勇者がおずおずと口を開く。
「し、しかし、大祭司様。すでにその大嵐で、たくさんの人が死んでいるのでしょう?」
「うむ! それが?」
「吉報として喜んで良いものか、僕には判断がつきかねまして……」
大祭司は一歩、勇者に歩み寄った。
「吉報に決まっておる! これ以上の吉報があるか? 教会の教えが正しかったと証明されつつあるのだぞ?」
「ですが、大勢の人が苦しんでいます!!」
勇者は叫んだ。
盗賊は「ちっ」と舌打ちを漏らす。
盗賊の目から見れば、勇者の発言はいかにも青臭くバカげたものに見えただろう。
「苦しみは、正しい教えに気づくために必要不可欠なものだ。だからこそ、我々のような聖職者は断食を始めとした苦行に挑む」
淡々とした口調で大祭司は答える。
「憎むならば、ルーデンスとかいう男を憎むがいい。林檎半島に災いをもたらした責任を負う者がいるとして、それは罰当たりな商人たちに他ならない。あの地で今、もっとも不信心な者がいるとしたら――。それは『徴利禁止令』を恐れずに貸金業を続けようとしている、オティウム・ルーデンスを置いて他にいない!!」
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