無利子というルールは守りますよ?


 俺は小さく肩をすくめて見せた。


「俺はトーポさん謝ったほうがいいのかもしれませんね。その書類を読めば分かる通り、儲ける算段があったからこそ、俺は異国の貴人たちからカネを借りることができたんです。もちろん、林檎半島に貢献したいという気持ちもありますが――」


「もちろん、その気持ちを疑ったりしていませんよ。むしろ安心しました。私利私欲を追求しているほうがルーデンス殿らしい。この取引では、ルーデンス殿が利益を求めた結果、私どもまで助けられる」


「要するに〝誰も損しない取引〟ってわけですね」


 俺は微笑んだ。


「俺が思いつかなくても、いずれ他の誰かがこの方法に気づいたはずです。だから俺は、このやり方を独占するつもりはありません。そもそも独占できないでしょう。トーポさんも、融資を必要としている誰かを見つけたら、この方法を真似していただいて構わない」


「大変勉強になりました」


 もう我慢できないという表情で、アルパヌが身を乗り出した。


「ところでトーポさん! その契約書を見て何か気づきませんか?」


「はい? ルーデンス殿の素晴らしいご発想なら、今褒めた通りで――」


「んもう、違いますよう! もっと広い目で見てくださいよう!!」


 俺は渋い顔をする。


「もういいだろう? 別にそんな自慢することじゃねえよ」


「いいえ、ご主人! これはご主人にとっては小さな一歩かもしれませんが、ボクにとっては偉大なる一歩なのです!!」


 ふふん、と鼻を鳴らして、アルパヌは胸を張る。


「まさかこの契約書は――」


 トーポは目を丸くした。


「――アルパヌ嬢が清書なされた?」


 彼女はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。


「大正解です! ご主人が黒板に書いたお手本を見ながらですが、ボクが書いたんです。どうですか? ちゃんと読める字になっていますか?」


「ちゃんと読めるどころか、これならいつでも代筆業を始められますな」


「こいつが調子に乗るから、あまり褒めすぎないでください。代筆で稼ぎたければ、もっと綺麗な字を書けるようにならないと」


「それでも、これだけ長い文章をスラスラと書けるのであれば大したものです」


 えへへ、とアルパヌは笑う。


「何枚も同じ文面の契約書を清書したので、すっかり内容を覚えてしまいましたよ〜」


 彼女は、この契約書の一番重要な一文を誦(そらん)じてみせた。



「『愛情と慈悲を以て、聖なる魔道書の定めるところに従い、下記金額を無利子にて融資する』」



 俺とトーポは悪巧みをする子供のような顔で、お互いを見た。


「この文面であれば」と俺は言った。「たとえ魔道教会に目をつけられても、いくらでも言い逃れができるはずです」


「そうでしょうとも。この契約書にある通り、ルーデンス様は正真正銘の無利子でカネを貸し、私は無利子でカネを借りたのですから」


 それでも儲かる方法を、俺は考え出したのだ。


 後は〝秋の大市〟が始まるのを待つばかりだった。




   ◆


 繰り返しになるが、以下の内容は俺が後から聞いた話を再構成したものだ。


 大祭司は光の消えた水晶玉を前に、物思いに耽っていた。


 まだ夏の終わり頃だというのに、魔道教会の講堂はひんやりと冷たい空気に満たされていた。

 真夏でも地下室が涼しいのと同様、石造りの壁が外気の熱を遮断するからだ。


 大祭司は目を閉じ、今聞いた知らせを反芻していた。


 この宇宙は〝聖なる魔道書〟の定めにより動いている。


 その定めを破れば、重い天罰が下される。

 異教徒の信じるような〝神〟に相当するものが、魔道教会の教えには存在しない。

 教会が〝神〟の代わりに奉じるのは、形而上の世界に存在するとされる意志を持つ書物:〝聖なる魔道書〟である――。


 これが魔道教会の教えだ。


 教会の祀る古代の預言者や聖人たちは、その〝聖なる魔道書〟を覗き見る能力を持っていたとされている。

 その能力に従って〝経典〟を書き著(あらわ)し、魔道教会を立ち上げたという。


 大祭司は、この教えを信じている。


 そして、恐怖に打ち震えた。


 水晶玉を通じて知らされた事実が、あまりにも恐ろしかったからだ。


〝聖なる魔道書〟の定めの、なんと冷徹で残酷なことか!


 俗人たちのせいだ、と大祭司は思った。

 教会への信心は日に日に薄まり、商人たちは経典よりも帳簿を開くようになった。

 死後の救いよりも現世の金貨を求めるようになった。

 だから、あんな知らせを聞かされることになるのだ。


 人々は〝魔道書〟への畏怖を忘れつつある。終末のときは近い――。


「……大祭司様!」


 大声で叫んだのは、盗賊だった。


 彼を先頭に、僧侶、勇者、魔術師の四人が講堂に入ってきた。

 いつもの顔ぶれだ。


「大祭司様、林檎半島のことでお耳に入れておきたいことがございます」


「林檎半島のことで?」


「回りくどい言い方はやめなさいよ。〝遊び人〟のアルレッキーノが、また何か良からぬことを企んでいるみたいなの」


 僧侶はイライラと言った。

 魔術師が後を引き継ぐ。


「私の家に出入りしている織物商人から聞いたのです。林檎半島に現れたルーデンスなる人物が、仲間の商人たちにカネを貸している、と……」


 大祭司は微笑んだ。


「なぜお前たちはそんな深刻な顔をしているのだ? それは良い知らせではないか。魔道教会は『徴利禁止令』を発令した。それに背いたとなれば、その男を堂々と異端審問にかけることができるではないか。ああ、わが愛しき娘よ。お前の望み通りに、その男を火あぶりにできる。それともお前の望みは水責めだったか、あるいは車裂きだったかな――?」


 優しい父親の顔で囁く大祭司を、四人は黙って見つめていた。


「それがですね、お義父上(ちちうえ)……」


 重々しい口調で、勇者が言った。


「やつは無利子でカネを貸しているらしいのです」


 大祭司の顔から笑みが消えた。


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