失礼ながら〝方法〟は秘密です♡
「あなたが今日、昼食会の参加者からカネを借りたことは分かっている」
動揺に気付かれぬよう、俺は余裕たっぷりに微笑んだ。
「どうやらマリア様の目を誤魔化すことはできないようだ」
おそらく今日の取引相手の中に、マリアに情報を漏らした者がいたのだろう。
だとすれば先手を打ったほうがいい。
「おっしゃる通りです。俺が今日借り入れた外貨は、王国の通貨で換算すれば総額五億ゴールドに上ります。これはすべて〝大市〟に参加予定の商人たちへの融資に回すつもりです」
「五億ゴールドですって?」
今度はマリアが驚く番だった。
とはいえ、さすがは成熟した領主代理だ。
大袈裟に飛び跳ねたりせず、軽く眉根を寄せるだけだった。
「なるほど、担保を要求されるのも納得だわ」
呆れたようにマリアは言う。
「担保ですか?」
「あなたが取引をした相手の中に、私に保証人になって欲しいと言ってくる人がいたの。あなたは一介の商人にすぎない。もしもあなたが返済できなかった際には、林檎半島の税収から少しずつ返済するという約束を求められた」
「つまり俺が裏で契約を結んでいる間に、さらに裏でマリア様も契約を結んでいた?」
「そういうこと。〝秋の大市〟が開催されなければ、林檎半島は大損する。だから私は担保を認めたし、あなたにその指輪を与えた」
マリアはため息を漏らす。
「それにしても、五億ゴールドとはね……」
「〝大市〟に足りるといいのですが――」
「とぼけないで。それがどれほどの金額か分かっているの?」
「もちろんです」
「たとえ年利一割だとしても〝秋の大市〟が終わるまでの七週間で六七〇万ゴールド以上の利子が発生する。あなたにそれほどの財産があるの? この半年間でどれほど儲けたか知らないけれど、せいぜい一〇〇万ゴールド程度ではなくて?」
マリアの予測はいい線を突いていた。
「お待ちください、マリア様。俺はそもそも利子を支払うつもりはありません。異端者として火あぶりになるのはごめんです」
「冗談はやめなさい。私たちがどれほど懇願しても、誰も無利子で融資をしようとはしなかったでしょう?」
どうやら、俺が交わした取引条件まではマリアに漏れていないらしい。
「それはもう、林檎半島に対する俺の想いを皆さんに懇切丁寧にご説明してですね――」
マリアはフンッと鼻で笑った。
「確認するけれど、あなたは五億ゴールド相当の外貨を〝大市〟に参加予定の商人たちに貸すつもりなのね?」
「左様でございます」
「無利子で?」
「もちろん無利子で!」
マリアは、まじまじと俺を見つめた。
「あなたは他人のために無償で奉仕するような人間ではないはず」
「タダより高いものはありませんからね」
「無利子でカネを借りて、それを無利子で誰かに貸す――。それでも儲けを出すカラクリがあるのね?」
俺はマリアを見つめる。
「どうかご容赦を。たとえマリア様が相手でも、その質問にお答えするわけにはいきません」
「何か、策があるのね?」
「……どうか、ご容赦を」
まるでお互いを殺そうとしている二頭の蛇のように、俺たちは黙って見つめ合った。
やがて、マリアがふっと笑った。
「策があるならいいわ。今は、あなたのそのセリフを信じましょう。だけど、もしも一ゴールドでも返済が足りなかったら――。その時は、今度こそアルパヌちゃんを譲ってもらう」
「ボクですか!?」
俺の後ろで、アルパヌがびくりと身を固くした。
俺は思わず吹き出してしまった。
「待ってください、マリア様。若い女奴隷の値段は、どんなに高くても五十万ゴールドがいいところです。アルパヌはもともと十八万ゴールドで手に入れました。けれど、今の俺たちは五億ゴールドの取引をしているんですよ?」
「ええ。だからこそ、その指輪はあなたにはめさせてもらった。今回の取引ではあなた自身が担保というわけ。高くとも五十万ゴールドにしかならない女奴隷ではなくてね」
マリアは俺に近づき、耳元で囁いた。
「借金を踏み倒そうだなんて考えないことね。私はアルパヌちゃんをいただいたうえで、あなたにも最後の一ゴールドまで返してもらう。もしも返済が滞ったら、あなたには死ぬまで働いてもらう。……いいえ、死んだ後までも。私の知り合いに、腕のいい屍術師(ネクロマンサー)がいるのよ?」
「俺は借りたカネを踏み倒したりしませんよ」
マリアは俺から離れた。
「今はあなたを信じましょう、ルーデンス」
そして、まるで十代の少女のように笑った。
「だけど今の私は、その奴隷を手に入れるためなら手段を選ばないという気持ちになりかけているわ。だからこそ、私は担保を引き受ける気になったの。その子を手に入れるためなら、何百万ゴールドでも惜しくない」
後ろに引っ張られる感覚を覚えて、俺は振り向いた。
アルパヌが黙ったまま、俺の服の袖をぎゅっと握り締めていた。
◆
数日後、俺はトーポの店にいた。
まだ店内にチーズは並んでいない。
どの棚も清潔に磨き込まれて、商品の到着を待っている。
長年の商売で染み付いたチーズの香りがほのかに漂っていた。
トーポは足の長い椅子(スツール)に座り、カウンター越しに俺と向き合っている。
俺の渡した羊皮紙の契約書を、まじまじと眺める。
アルパヌは俺の背後で、そわそわとトーポの反応を見ていた。
「なんと、まあ……」
トーポはため息混じりに言った。
「まさかこんな方法があるとは……」
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