マリア様の目は誤魔化せない!?
内緒話をする子供のように、俺は囁いた。
「左様でございます。あなた様から、ぜひクーリット金貨をお借りしたい」
じつのところ、昼食会の参加者の一覧は事前に入手していた。
懐柔すべき相手も何人か目星をつけておいた。
このダークエルフの貴族は領内に金鉱を持つ、超絶金持ちなのだ。
そして金持ちという生き物は、カネを手元で眠らせようとはしない。
何かに投資するなり、誰かに貸すなりして、カネでカネを増やそうとするものだ。
機会さえあれば、貸したがっているはずなのだ。
相手はバカにしたように笑った。
「クーリットを借りたいだと? お前たちの王国では有利子の融資が禁じられたのだろう?」
「ですから俺も、利子をお支払いすることはできません」
「私をバカにしているのか?」
ダークエルフは不快感を露わにする。
「なぜ貴様のような卑しい者が昼食会への参加を許されたのか――」
「利子はお支払いできませんが、決してあなた様に損はさせません」
「……何が言いたい?」
俺の投げ込んだ釣り針は、見事にこのダークエルフの心に突き刺さった。
後はじっくりと釣り糸を手繰り寄せるだけだ。
俺は、俺の計画を話した。
できるだけ小さな声で、他の誰にも聞かれないように。
相手はまず驚いた顔を浮かべ、続いて呆れたように笑い、だが最後には真剣な表情で考えこんでいた。
「……いかがでしょう? 良いお返事を頂戴できれば嬉しいのですが」
話を終えて、俺は一歩下がった。
このダークエルフにとっても〝秋の大市〟は投資や融資のチャンスだ。
中止になれば損をするし、本音では俺の提案に飛びつきたいはずだ。
ただ、俺をどこまで信用していいのかという点で迷っているだけだろう。
俺は何気なく、周囲に目配せした。
この話を他の誰かに聞かれていないか、警戒しているようなそぶりを見せてやる。
しかし、実際には目の前のダークエルフの視線を誘導することが目的だった。
相手は俺につられて、わずかに視線を上げる。
その先にはマリアの姿があった。
「いいだろう」
俺の狙い通り、ダークエルフはうなずいた。
「貴様にクーリットを貸してやろう」
たしかに俺はただの平民だし、高利貸しはこの世界では卑しい職業だとされている。
それでもマリアの昼食会に呼ばれている以上、まったく信用ならない詐欺師ではない――。
俺はわずかな目配せで、そのことを思い出させてやったのだ。
「ご快諾、感謝いたします」
俺は再び慇懃に頭を下げる。
「ちなみに、契約の条件については〝秋の大市〟が終わるまで口外しないでいただけますでしょうか。この昼食会の場で契約を結んだと王家に知られたら、マリア様にもご迷惑がかかりますので」
「貴国の内政など知ったことではない。が、貴様がどうしてもというなら守ってやろう」
「重ね重ね、感謝いたします」
「だが、もしもお前と同じ条件で融資を依頼してくる者がいれば――」
「どうぞ私にお気兼ねなく、その方にもお金を貸してあげてください。とはいえ、この方法に気付いているのは今のところ私だけでしょうが」
「まったく、悪知恵の働く男だ」
「お褒めの言葉をたまわり恐縮です。それでは羊皮紙の契約書をご準備しておりますので、どうぞこちらへ――」
中庭の隅へとダークエルフを連れて行く。
「いやに準備がいいな?」
「ご貴人に余計なお手間をおかけするわけにはいきませんでしょう?」
相手は満足げに微笑んだ。
ちょろいものだ。
後は同じことの繰り返しだった。
トーポやマリアの演説を聞いている人々の後ろからこっそり近づき、声をかける。
そしてこちらの計画を聞かせて、同意を得る。
どの相手も、俺の話を聞くと「その手があったか」という顔をした。
そして俺は数刻のうちに、あらかじめ目星をつけておいた金持ちどもから融資を受けることに成功した。
集まった人々との契約書をすべて巻き終わる頃には、日がとっぷりと暮れていた。
「では、夜道はお気をつけて」
「いい取引に感謝します」
握手を重ねながら、俺は城を去る人々を見送った。
◆
最後の馬車が城門から出て行ったとき、マリアに話しかけられた。
「――本当は何が狙いなの?」
「これはマリア様!」
俺は微笑んでみせる。アルパヌは軽く頬を染めて、おずおずと俺の後ろに隠れた。
この半年間でマリアからは何度も〝精〟を吸っているはずなのに、いまだに彼女に慣れないらしい。
本当に、マリアの寝室で一体何をされているのだろう?(知りたくもないけど)
「狙い、とおっしゃいますと?」
「私が参加者と話している間、裏で何か秘密の交渉をしていたようね?」
「おかしいな。マリア様は何か誤解なさっているようだ――」
俺は言い繕おうとした。だがマリアには効かなかった。
「左手を出してくださる?」
「左手を? 一体なぜ……」
「出しなさい。三度目は言わないわ」
「……はい」
低い声ですごまれて、俺は素直に従った。
正直すごく怖かった。
「って、お待ちください! その指輪は――」
かつて見た銀色の指輪を、マリアは俺の小指にはめた。
〝春の大市〟の期間中、担保であるアルパヌが身につけていたものだ。
借金を無事に返済したことで、アルパヌの指から外されていた。
どうやら魔法の力で、サイズが自由に変わるらしい。
男の親指サイズだった指輪は、俺の小指にはまるが早いか、穏やかな金色に光った。
そして気づくと、俺の小指にぴったりのサイズにまで縮んでいた。
「言っておくけれど、無理に外そうとしないことね。もしも小指を切り落とせば、呪いの力であなたの首が体から切り離される」
「滅相もない! 畏れ多くもマリア様から頂戴した指輪です。外そうなどとは考えませんよ」
魔法の力で、いつでも俺の居場所が分かるという。
おそらく透視術(クレアボヤンス)の応用で、この指輪のありかを水晶玉に映し出せるのだろう。
「しかし、どうしてです? なぜ俺にこの指輪を――?」
俺はおどけて微笑んでみせる。
だが、マリアはニコリともしなかった。
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