作戦始動!目指せ、不労所得!!


 数刻後――。


 日が傾き、昼食会の終わりが近づいていた。


「あかんあかん。なんぼなんでも、それはできひん相談や」


 ガットーは大袈裟な身振りで否定する。

 トーポが頭を下げる。


「無理は承知でお願いしております。どうか、この通りです」


 中庭の真ん中で、集まった人々が輪になって俺たちの話を聞いていた。

 商工ギルドからの嘆願を、この日の参加者たちに伝えていたのだ。

 楽師たちのヴァイオリンは止まり、空気はひりついていた。


「私からもお願いいたします」


 口を開いたのはマリア・グランデ=メーラだ。

 胸元の大きく開いた赤いドレスを着ている。

 大輪のダリアのように美しかった。


 集まった人々の顔を見回しながら、彼女は続けた。


「領民の暮らしを守ることは上に立つ者の役目。もしも彼らが苦しみの末に蜂起・反乱したら、大きな恥辱となる。そのことは、本日お集まりの皆様がたにもお分かりいただけるでしょう」


 繰り返すが、この昼食会に集まっているのは各地の貴人たちだ。

 一番身分の低い者でも、猫族の商人と同レベルの爵位を持っている。

 マリアのような領主やその代理人も珍しくなかった。


 彼らは渋い顔で、ヒソヒソと言葉を交わす。


「そうは言ってもなあ――」


「これは流石に……」


 彼らを代表するように、ガットーが一歩前に出る。


「マリア様のお気持ち、よお分かります。あたしも林檎半島の人々には世話になっとるし、たとえ年利一割であろうと、融資したいと腹を括っとります」


 この国では、金銭の融資は年利二割が普通だ。

 気前のいい話である。


「せやけど、流石に無茶ですわ。無利子でカネを貸せゆうんは」


 トーポが答える。


「私どもとしても、できれば利子はお払いしたい。そもそも、皆様がた諸外国の方々からの融資がなければ商売にならないのですから……。しかし先ほどもお話ししました通り、この王国では『徴利禁止令』が発令されてしまったのです! もしも有利子のカネの貸し借りをしたと教会に知られたら、異端を疑われ、最悪の場合は火刑に処されてしまいます!!」


 マリアが顔をしかめる。


「私も領主代理として、もしも領内で有利子の融資が横行するようであれば、見過ごすことはできません。騎士団長に命じて、それを取り締まる義務がある。なぜなら魔道教会の教えに背くことは、国王に背いたも同然だからです。情けなくも、私が板挟みの立場にあることをご理解いただきたく存じます」


 ガッターは腕を組む。

 その指先からは白い鉤爪が覗いていた。


「ご窮状はよう分かります。あたしも林檎半島のお力になりたい。せやけど『徴利禁止令』はあくまでも王国での話。こないなこと言いたないけど、一から十までそちらの都合やないですか」


 他の参加者たちが追撃する。


「そうですとも! あくまでも王国と林檎半島の都合だ!!」


「我々にどんな得があるというんだ?」


 トーポは目を閉じて答えた。

 俺には祈るような表情に見えた。


「得ならば、皆様がたにもあるはずです。林檎半島での〝大市〟には皆様がたの国々の商人たちも参加し、大いに儲けているはず。巡り巡って、皆様がたの懐も潤しているはず。もしも〝大市〟が開催できないとなれば――」


「話にならんな!」


 叫んだのは島嶼連邦のダークエルフだった。


「カネを借りたら利子をつけて返すのが大原則だ。なぜなら、カネを貸している間は、本来であればそのカネで買えたはずのものを諦めねばならんからだ。そのカネを使って商品を仕入れて高く売ることもできたはずだし、新しい土地を開墾して農作物を生産することもできた。カネを貸すということは、そういうカネの使い方を諦めるということでもある。利子とは、その対価だ。……違うかね?」


「その通りで、ございます……」


「まったく、君も商人ならばこの程度のことは分かっているはずだろう? 貴族である私に説教させないでくれ」


 慌ててガットーが仲裁に入る。


「まあまあ、それぐらいで矛を収めてあげてはいかがでしょう? トーポはんも後が無うなって、こない無茶な嘆願をしとるんやと思います」


 俺の耳元でアルパヌが囁いた。


(どうします、ご主人? どこまで行っても平行線ですよ?)


(その方が好都合だ)


 俺は微笑む。


(好都合? 〝大市〟が開催されない方がいいんですか!?)


(まさか! 断言してもいい。次の〝大市〟で誰よりも稼ぐのは俺たちだ。もちろん、俺の考えた策がきちんと機能すればの話だがな)


(策?)


(まあ見てろって!)


 人垣の中心では、相変わらずトーポがヘコヘコと頭を下げている。

 周囲の人々はため息をついたり、頭を左右に振ったりするばかりだ。


 先ほど怒りをあらわにしたダークエルフに、俺は背後から忍び寄った。


「――失礼。少しばかりお話をできませんか?」


「なんだ貴様?」


 俺は慇懃に会釈する。


「俺はオティウム・ルーデンス。〝秋の大市〟の開催を心から望む、林檎半島の住人です」


「つまりは商人か。いったい何を商っておる?」


「カネになるものなら何でも。……とはいえ、最近では友人たちに資金を融通することで儲けさせていただいておりますが」


 相手は眉をひそめた。


「高利貸し風情が私に声をかけるとは――」


 エルフの仲間は気位が高い。

 貴族階級であればなおさらだ。


 俺は愛想笑いを浮かべる。


「先ほどの『利子』にまつわるご高説、まことに正鵠を射たもので深く感銘を受けました」


「一般常識を述べたにすぎん」


「世間では、その常識さえ弁えぬ者が珍しくありません。お金の本質をご存じのあなた様であれば、きっと私のご提案にもご理解を示していただけるであろうと愚考した次第です」


「ふんっ、提案だと?」


 ――かかった!


 このダークエルフは俺の言葉に興味を示した。

 こうなればこっちのものだ。


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