まあ、この程度で諦める俺ではありませんが?


 俺は答えず、押し黙った。


 俺は〝遊び人〟だ。

 ルールを読み解き、ルールを味方につけることで勝利を掴んできた。

 たとえばサイコロの出目を覚えてはならないというルールはなかった。

 だからこそ、あの船員たちから(少なくともアルパヌが現れるまでは)大金を巻き上げることができた。


 そして『徴利禁止令』も、ルールである。

 人間の考えるルールには、必ず穴がある。

 その穴を見つけて、つけこんでやればいい。


 勇者たちの、そして魔道教会の思い通りにさせてなるものか――。


 どんな障害があろうと俺は〝秋の大市〟を開催させてやるし、誰よりも儲けてやる。

 そして、死ぬまで遊んで暮らすのだ。


 俺の隣で考え込んでいたトーポが、ぽつりと漏らした。


「これはもはや、私ども商工ギルドの手に負える問題ではありませんな」


 彼は真剣な顔でつぶやく。


「マリア様に直接ご相談しなくては……」




   ◆


 マリア・グランデ=メーラとの面会が叶ったのは、一週間後だった。


 普通なら領主への面会依頼が叶ったとしても、数ヶ月から数年間は待たされる。

 したがって、一週間で面会できたのは異例と言っていい。

 マリアも、ことの重大さを理解していたのだ。


 とはいえ〝秋の大市〟は迫っており、時間はあまり残されていなかった。

 商品の仕入れや運搬にも、そのための資金調達にも時間がかかる。

 大市の開催日が一日近づくごとに、参加を諦める商人が増えていく。


 俺たちがマリアの城に招かれた開催三週間前は、時間的にはぎりぎりだった。

 商品の買い付けから輸送までに要する日数を考えると、もはや一日の猶予もない。


 城では、再び〝昼食会〟が開かれていた。


 中庭にはテントが張られ、長テーブルにずらりとご馳走が並んでいる。

 楽師たちのヴァイオリンやリュートが軽やかな音を響かせている。


 この日の〝昼食会〟に集まったのは、林檎半島と関係の深い各国の貴人たちだった。

 王国内の貴族・領主を、マリアはあえて招待しなかった。

 若い従者たちが歌合戦で美しいテノールを披露し、貴婦人たちがそれに拍手を送る――。


 楽しく和やかな空気の中、アルパヌとトーポだけは深刻な表情を浮かべていた。


「二人ともそんな怖い顔すんなって。この人参ケーキ、かなりイケるぞ?」


「ご主人、何をヘラヘラと笑ってらっしゃるんですか!?」


「そうですぞ、ルーデンス殿! 我々の目的を忘れたわけではありますまい? こうして〝昼食会〟にお招きいただくだけでも、どれほどのコネと根回しが必要だったことか……」


「もちろん目的を忘れちゃいないさ。でも、せっかくのお祭り騒ぎだ。楽しまなきゃ損じゃない?」


「んもー!!」アルパヌが口を尖らせる。「ご主人はズレていらっしゃいます!!」


 ズレるも何も、俺は〝遊び人〟だ。

 目の前で楽しそうなイベントが行われていたら、全力で乗っかる性分なのだ――。

 そう反論しようとしたら、背後から声をかけられた。


「これはこれは、お久しぶりでんな!」


 猫族の商人がそこにいた。

 公国の紀章が縫い付けられた礼服で着飾っている。


「あの後、手紙の一本も送らんかった非礼をどうかお許しください」


「ガットーさん! その服は?」


 猫族の商人はニヤニヤと笑った。


「いやあ、あれからこっちも色々とありましてな。あのチーズをきっかけに、さる〝やんごとなきお方〟から使いパシリみたいな仕事を頂戴するようなりまして。いや、『使いパシリ』は言葉が悪うございますな。ゆうたら〝御用聞き〟ですわ。で、いたく気に入っていただいて、徴税請負人にならへんかと誘われましてなあ……」


 相変わらずペラペラと口のよく回る男だ。


「徴税請負人? それは良かったじゃないですか!」


 王家(公国なら公家だが)の代わりになって、臣民から税金を徴収する仕事である。

 集めた税の一部を手数料として懐に収めることができる。


 古今東西を問わず、徴税請負人は税率を勝手にイジって私腹を肥やすのが常だった。

 じつのところ、この世界では高利貸しと並んで疎まれる職業の一つだ。


「とはいえ、あたしは根っからの商人や。十あるものから、いかにして五や六を徴収しようかと考えても楽しゅうない。十あるもんを十一や十二に増やしたい、いや、百や千に増やしたい――。そう考える男なんですわ」


「なるほど、俺と気が合いそうだ」


「でまあ、徴税請負人の仕事をお断りした結果、代わりに爵位を売ってもらえた……いうわけです」


「……ご主人、爵位って売り買いできるんですか?」


「原則として、できない。でも、世の中には原則があれば必ず例外があるもんだ」


「近頃の公国では例外の方が増えてまんな。今のあたしは〝林檎半島方面輸出入業振興爵〟っちゅう地位ですわ」


「そんな爵位があるんですか?」


「あたしのために新設してもろたんや。似たような新しい爵位が何万種類もあるで」


 権力者が気に入った者を徴税請負人に任命したり爵位を勝手に売ったりする。

 腐敗政治ここに極まれり、という感じだ。

 もちろんガットーには言えないが。


 彼は声をひそめた。


「聞きましたで? 今日は林檎半島の商工ギルドから、なんや難しい相談があるんでっしゃろ?」


「ええ、その通り――」


 トーポが答える。


「ガットーさんにも、ご協力をお願いすることになると思います」


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