邪悪!徴利禁止令!!
トーポの声は暗かった。
「ルーデンス殿のおっしゃる通りです。このままでは、とてもじゃないが開催できない……」
アルパヌが首をかしげる。
「〝秋の大市〟が? なぜですか?」
「大市で稼ぎたければ、あらかじめ大量の商品を仕入れておく必要があるだろ? これは、扱う商品が何だろうと同じだ。香辛料だろうが工芸品だろうが家畜だろうが、それこそ奴隷だろうが――。そもそも〝売るもの〟が手元にないと、客がどれほど店に来ても売上にはつながらない」
「そりゃまあ、そうでしょうけども?」
「問題は、大量の商品を仕入れるには、大量の資金が必要だ……って点だ」
「!!」
アルパヌはぽんっと手を打った。
「なるほど、〝大市〟に参加なさる商人さんたちは、大抵、誰かからお金を借りて仕入れの資金に充てているのですね? ご主人が猫族の商人さんにお金を貸したみたいに!」
「セルヴァティコ・ガットー氏に、俺は一〇〇〇ゴールドぽっちしか貸していない。けれど、大市全体で動くカネは莫大だ。この町に集まってくる商人たちの〝仕入れ〟の総額は、三十億ゴールドを下らないはずだ」
かなり粗い計算だが、たとえば大市に参加する商人の数をざっくり一万人と見積るとしよう。
一人あたりの売上が〝大市〟の一ヶ月間で平均五十万ゴールドだとしても、大市全体の売上総額は五十億ゴールドとなる。
平均的な利益率が三割だとすれば、仕入れの総額は三十五億ゴールドになる計算だ。
もちろんすべての商人が借金で仕入れ資金を賄うわけではないし、必要な融資の金額はもっと少ないはずだ。
それでも、膨大な資金需要があることには変わりない。
「だが、利子を取れないなら――?」
「誰もお金を貸さなくなります!」
「大半の商人が充分な仕入れをできなくなるだろうし、〝春の大市〟で見かけたような屋台やテントを出せなくなる。遠方の商人は〝大市〟で見込める売上よりも、この町まで来る旅費のほうが高くついてしまうかもしれない」
「でもでも、ご主人! 〝ツケ払い〟があるじゃないですか!! えーっと、『掛け取引』っていうんでしたっけ? たしか〝踊る翼獅子亭〟のボッテさんは、麦問屋からツケで大麦を仕入れていましたよね?」
俺の代わりにトーポが答えた。
「アルパヌ嬢は、目の付け所が大変よろしい。よく見知った商人同士なら、掛けで商品を仕入れることは珍しくありません。お互いに信用がありますからな。私ども〝商工ギルド〟が仲介して、信用できる商人同士を引き合わせることもできる。そのためのギルドです」
「でしたら、〝大市〟は開催できるのではありませんか? 商品を〝掛け〟で仕入れるなら、お金を借りる必要もありませんよね?」
教会が禁じたのは、カネを貸して利子を取ること、あるいはカネを借りて利子を払うことだ。
だから、大市の仕入れのための資金も借りられない。
だが掛け取引で商品を仕入れるのなら、カネの貸し借りそのものが発生しない。
アルパヌは鋭い。
「だが、残念だなアルパヌ。話はそう単純じゃないんだ」
「はて……?」
「一番の問題は〝外貨〟だ。……そうですよね、トーポさん」
鼠人族の商人はこくりとうなずく。
「いかにも」
「外貨って、外国のお金のことですよね? なぜそれが問題なのです?」
「たとえばアルパヌ、お前が商人だったとして、島嶼連邦から樽いっぱいの明礬(ミョウバン)を仕入れたいとする。あちらの明礬商人はゴールド金貨を受け取ってくれると思うか?」
アルパヌはぴょんと飛び跳ねた。
「きっと受け取ってもらえません! 島嶼連邦から商品を仕入れたければ、クーリット金貨が必要です!」
なぜなら島嶼連邦では、ゴールド金貨は流通していないからだ。
島嶼連邦の商人たちはゴールド金貨をいくら持っていても、自分の故郷では何も買うことができない。
これは立場を逆にすると分かりやすい。
俺たちはいくらクーリットを持っていても、この港町では何も買えない。
食料品も宿の宿泊費も、すべてゴールドで決済されている。
俺たち王国の商人はゴールドを増やすために仕事をしているし、島嶼連邦の商人たちはクーリットを増やすために仕事をしている。
異国のカネをどれだけ持っていても意味がない。
欲しいのは自国のカネだ。
「これは相手がどの国だろうと同じだ。公国から酒精や染料を仕入れたければ、バレイが必要になる。自由都市同盟から材木や塩漬けニシンを仕入れたければサルディを、東方帝国から生糸や木工品を仕入れたければキンを用意しておく必要がある」
そして重要なのは、ここから先だ。
「お前も覚えているだろうが、〝大市〟で売られている商品の大半は外国からの輸入品だった」
外国の商人と、ギルドのような篤(あつ)い信頼関係で結ばれていることは滅多にない。
少額ならともかく、大規模な掛け取引は望めない。
「つまり仕入れには〝外貨〟が必要ってことですね? そして外貨は、両替しないと手に入らない――」
「ところが、だ。両替するにも元手となるゴールドが必要だろ? けれど、ここで話が最初に戻るんだ。みんながみんな〝大市〟での仕入れをまかなえるほどたんまりとゴールドを貯め込んでいるわけじゃない」
さらに『徴利禁止令』のせいで、両替の元手にするためのゴールドを借りることもできなくなった。
俺は声を低くする。
「つまり、クーリット金貨を手に入れたければ、島嶼連邦の誰かから借りるしかないってことだ」
アルパヌは目を見開いた。
「でも、あちらの人々には『徴利禁止令』など関係ないから――」
「ああ。普通に利子を要求してくるだろう」
アルパヌは頭を抱えた。
自分の角を両手で掴むような仕草で考え込む。
「えーっと、つまり……。ボクたちの〝王国〟では、利子を取ることも支払うことも禁じられているのだから、事実上、クーリット金貨を借りられなくなる?」
「その通り」
「でも待ってください。島嶼連邦の商人さんに何かを売れば、対価としてクーリット金貨を受け取れるのでは?」
「今日は冴えているな、アルパヌ」
「えへへー、それほどでも」
「ところが肝心の『島嶼連邦の商人にモノを売りつける機会』が〝大市〟なんだよ」
「って、それじゃ堂々巡りではありませんか!?」
「話をまとめると……。〝大市〟に参加するためには商品の仕入れが必要で、商品の仕入れには大抵は〝外貨〟が必要で、今の時期に外貨を入手するには、誰かから借りるしかない。にもかかわらず、徴利禁止令で借金を禁じられている――ってわけだ」
「一体どうするんですっ! ご主人っ!!」
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