新章開幕!卑劣だぞ勇者!!
~~~~第3幕「長机の男」~~~~
街の広場に着くと、教会の前に幾重もの人垣ができていた。
その中心には教会の祭司が立っていて、民衆に向かって何かを必死に訴えている。
一方、集まった人々はブーブーと不満の声を上げていた。
ここは小さな港町だ。
俺のように酒場を根城にしていれば、自然と住人の顔は覚えてしまう。
集まっているのは、いずれもこの町の商人たちだった。
「ですから、落ち着いて! 落ち着いてください! これは皆様のためなのです!!」
祭司が声を張り上げて叫ぶ。
「何がワシらのためじゃ!!」
「そうだそうだ! 商売上がったりだよ!!」
商人たちは怒りの声で応える。
「どうか目先の利益に囚われて、地獄に落ちるという愚を犯してはなりません。終末を近づけてはなりません。これは皆様のためのお触れなのです!!」
集まった人々の中に、灰色の丸い耳を見つけた。
鼠人族の高級チーズ商であるアヴィード・トーポだ。
鼠人族は身長が低い。
人垣から押し出されて、後ろの方からキーキーと文句を言っている。
俺とアルパヌは彼に駆け寄った。
「これは何の騒ぎです?」
「おおっ、ルーデンス殿……!!」
重々しい口調で、トーポは言った。
「あなたの商売が狙い撃ちにされていますぞ」
「俺の?」
「『徴利禁止令』なるお触れを魔道教会が出したのです」
俺は絶句した。
まさか魔道教会がそんな愚かな判断をするとは、にわかには信じられなかった。
「ちょーり禁止? 火を通したらダメなんですか?」
「その調理じゃねえよ。利子を取ってはいけない、という意味だ」
以前からカネを貸して利子を取ることは、〝異端を宣告されない程度のちょっとした戒律違反〟だった。
経典には利子を禁じると書いてあるし、聖職者も高利貸しは悔い改めるべきだと説教する。
だが、〝禁止令〟として明文化されているわけではなかった。
ところが、その〝徴利禁止令〟が明文化されてしまったのだ。
今後、もしも一ゴールドでも利子を取った者がいれば、魔道教会は堂々と異端を宣言して火あぶりにできる。
そこまでするか? というのが、俺の最初の感想だった。
俺がルクレツィアの目を欺いたことで、勇者たちは俺に手出ししづらくなったはずだ。
王家と林檎家の政治が関わるからだ。
それでもまだ俺を追い詰めたければ、なるほど徴利禁止令は効果的だ。
俺は高利貸しをやめるか、教理に背いて異端を宣告されるかの二択を迫られる。
しかし、だ。
物事には比例原則というものがある。
小鳥を捕らえるなら罠や弓矢を使えば充分で、爆裂魔法は必要ない。
木についた害虫を駆除したいなら、薬草の煙で燻せば充分だ。
木を切り倒したら本末転倒である。
しかし魔道教会の決定は――それが俺を狙ったものだとして――あまりにも影響範囲が広すぎる。
小鳥を捕らえるのに魔法で隕石を降らしたり、害虫を駆除するために森を焼き払うようなものだ。
きっと魔道教会には、もっと大きな狙いがあるのだろう。
おそらく彼らは、教会と王家が結託して絶大な権力を握るという今の世界を守りたいのだ。
教会の敵だった〝竜王〟は、すでにいなくなった。
今の彼らにとっての新しい脅威は、俺たちのように金儲けで力を付けつつある俗人――つまり商人――である。
だからこそ、こんなバカげた戒律を明文化することにしたのだろう。
人垣の真ん中では、祭司がオウムのように同じセリフを繰り返している。
「……我らの経典にいわく、『汝、利子を取るべからず、また利子を払うべからず』と書かれています! これが〝聖なる魔道書〟の言葉なのです! この世の理なのです!! この教理を守らぬ者は、地獄に落ちます! この教理を守らぬ者は、終末を引き寄せます! 大祭司様が『徴利禁止令』を発布したのは、慈悲深くも皆様がたをお守りするためなのです! いいですか皆さん、我らの経典にいわく……」
アルパヌは青ざめた。
「えーーーー!? それじゃ、ご主人はもうお金を誰かに貸して儲けられなくなる……ってことですか?」
「それだけならまだマシだ」
俺は〝遊び人〟だ。
汗を流さずに、なおかつ詐欺にも泥棒にもならない方法で稼ぐことを常日頃から考えている。
勇者たちには申し訳ないが、高利貸しが続けられなくなったとしても、儲ける手段ならいくらでも思いつく。
だが、問題はもっと深刻だった。
俺はトーポに向かって言った。
「このままだと〝秋の大市〟が開催できなくなりますよね」
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