愚か者どもの凱旋(がいせん)
またしても以下の内容は、俺が後から聞いた話をまとめたものだ。
俺がルクレツィアと追いかけっこをしていた頃、王都では勇者たちの凱旋パレードが行われていた。
王都の中心を貫くメインストリートを、礼装で着飾った数千人の兵士たちが行進する。
行列の中央には四頭の戦象が並んでいる。
象たちもまた、宝石を散りばめた馬鎧で飾られていた(象鎧と呼ぶべきかもしれない)。
象の背にはそれぞれ紫檀の輿が設けられ、その中で勇者たちが手を振っていた。
この王国では、象は何千年も前に絶滅している。
パレードに参加したのは、王室が自らの権威を誇示するためにわざわざ南方から輸入した象たちだ。
そしてメインストリートの両脇には、多数の野次馬が群がっていた。
「おい、これは何の騒ぎだ?」
野次馬の一人が口にする。隣にいた別の一人が答える。
「お前も世間を知らないな。勇者様が戻られたんだよ!」
「勇者っていうと……。竜王を討伐したという、あの勇者かい?」
「その勇者だよ! 三年前から始まった〝大遠征〟以来、何組ものパーティが竜王との戦いに赴いた。そして、ついにあの〝四人〟が、竜王の息の根を止めることに成功したんだ!」
「四人? 竜王討伐に成功したパーティは五人じゃなかったか?」
「たしかにそんな噂も耳にしたことがあるが……。勇者パーティの人数は、国家機密だ。竜王のスパイから隠すために、本当の人数は公表されていなかった。とはいえ、目の前のパレードが何よりの証拠だ。勇者のパーティは四人だったんだよ」
「そうかねえ……?」
「ともあれ、もしもパーティの人数におかしなところがあれば、国王陛下がお気づきになるはずだ。我らの偉大なる国王陛下なら、その程度のことはきちんと知っておられるはずだから――」
野次馬たちはメインストリートの先に目を向ける。
壮麗な宮殿の尖塔が、街を見下ろしていた。
◆
勇者たちは謁見の間に通された。
部屋の中央の赤い絨毯の上で、四人はひざまずく。
衛兵の一人が大声で叫ぶ。
「国王陛下の、お成ーーーりーーーー!!」
衛兵の号令に合わせて、謁見の間の奥に下げられた天幕が左右に開く。
そして、国王が姿を現した。
人間は年老いると赤ん坊に戻るというが、この国王ほどそれを体現した人物はいないだろう。
天幕の奥から、四人の侍女に押されて巨大な車椅子が入ってきた。
車椅子の上には十八歳くらいの侍女が座っており、その腕の中に、ごく小柄な老人が抱き抱えられていた。
この老人こそ、数千万人の臣民を治める偉大なる王だ。
車椅子の立てるガラゴロという音に混ざって、しゃがれた老人の声が聞こえてくる。
「よきかな……よきかな……ふわふわじゃ〜〜〜!!」
国王を抱き抱える侍女は、薄い絹の衣(ころも)を着せられていた。
体の線がはっきりと浮かび上がるほど薄い衣服である。
その丸い乳房に頬擦りしながら、国王は満足げに「よきかな」と呟いていた。
それに応えるように、〝乳房係〟の侍女は「あらあらよしよし」と老人の頭を撫でる。
勇者が口を開いた。
「――国王陛下! 本日、王宮にお招きいただきましたことを心より感謝いたします。身に余る光栄です。僕たち四人は、竜王討伐のご報告のため参上いたしました」
国王の顔から笑みが消えた。
「んーーーー? むーーーーーー?」
国王は首を回らせて、どろんとした目で謁見の間を眺める。
片目は白く濁っている。
彼が動くと、王冠がずり落ちそうになる。
そのたびに〝乳房係〟の侍女は優しくその王冠を手に取り、元の位置に戻してやるのだった。
僧侶を見て、国王は言った。
「その娘は、新しい乳房係か?」
「…………っ!?」
俺の知る僧侶なら、激怒して殴りかかってもおかしくない。
だが彼女にも、ここで国王に歯向かわないほうが得になると判断できる程度の分別はあったようだ。
怒りを押し殺して、僧侶は微笑みを浮かべていた。
代わりに勇者が答える。
「い、いいえ……。遺憾ながら、彼女は新しい侍女ではございません」
「もったいないのう。その祭服の上からでも分かるほど、ふわふわしておるのに……」
「申し上げました通り、僕たちは竜王の討伐に成功して――」
「もしや、そちらの黒衣の女が新しい乳房係か!?」
魔術師は立ち上がる。
「どうかお立場に相応しいお言葉をお願いします、国王陛下!」
「口を慎め、魔術師!」
勇者が片手を上げて止めようとする。彼女は止まらなかった。
「私はただ、地元の魔術ギルドを『大学』として認めていただき、天候操作の魔法を完成させるために――」
ナイフで刺すような口調で、盗賊が言った。
「それは今すべき話じゃない。ご報告が先だ」
魔術師はハッと口をつぐみ、悔しげな表情を浮かべつつ再び膝を折る。
勇者が「おほん」と咳払いを一つ。
「大変遺憾ながら……。今日ここに新しい侍女も、その候補もございません」
「安心したわい。その黒衣の女には、ふわふわと呼べるほどの膨らみも無いからのう」
息継ぎをするように、国王は侍女の胸に顔を埋める。
すりすりと鼻を擦り付けつつ、深々と息を吸う。
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