見落とし!圧倒的見落とし!!
トーポは呆れ顔で言った。
「あの猫はもう二度とここには戻ってこないかもしれませんよ」
「もしそうなれば、ご主人は一〇〇〇ゴールド丸損ですねえ……」
アルパヌは不安げな顔を浮かべる。
「そのときは、俺は賭けに負けたってことさ。逆に、ガットーさんがきちんと戻って来れば、俺は何もせずに一〇ゴールド儲かる」
働かずにカネを増やせるというわけだ。
「俺はトランプ遊びが好きでね、相手プレイヤーの嘘を見抜くのは得意なんだ。あの猫族は、本当のことを喋っているように感じた。……ていうかアルパヌ、訊いておけば?」
「ああっ、そうでした!」
アルパヌはぽんっと手を打った。
「トーポさん、この辺りで〝クラーケンの卵〟を食べられるお店は――?」
その時だ。
店のドアの開く音がした。アルパヌが目をぱちくりとさせる。
「おや? さすがはガットーさん、ご主人の見込んだ方ですね! こんなに早く戻っていらっしゃるとは!!」
「いや違う」
今日は気が緩んでいるのかもしれない。俺は冷や汗が噴き出すのを感じた。
「いくらなんでも早すぎる」
かちゃかちゃと甲冑を鳴らしながら、ルクレツィアが現れた。
「見つけたぞ、オティウム・ルーデンス――」
勝ち誇ったように笑い、ロングソードを俺に突きつける。
「――いいや、〝遊び人〟のアルレッキーノ!!」
その名前で呼ばれるのは二週間ぶりだった。
やはり俺の読み通り、勇者たちは俺を指名手配したらしい。
◆
ルクレツィアは後ろに衛兵を二人ともなっていた。
俺とアルパヌと合わせて五人の〝客〟が入ると、小さな店はいっぱいになってしまった。
トーポは椅子(スツール)からぴょんと飛び降り、軽く会釈する。
「これはこれは、騎士団長様。一体どういったご用件でしょうか?」
彼は長いひげをぴくつかせる。
「ご覧のとおり、手狭な店でございます。もし可能なら、店の外でお話しになっては?」
彼のセリフを翻訳すると、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ、という意味になる。
小さな店内でルクレツィアに暴れられたら大損害だろう。
何しろ、並んだチーズは目玉が飛び出るほど高級なのだ。
「いいや、話はすぐに終わる。外に出るまでもない――」
「そ、そうおっしゃらずに……」
トーポはなおも食い下がるが、ルクレツィアは無視して続けた。
「――そうだろう? オティウム・ルーデンス。いいや、〝遊び人〟のアルレッキーノ!!」
アルパヌが俺の腕に軽くしがみついてきた。
「ご主人……?」
「心配するな」と呟いて、俺はルクレツィアを見つめた。「騎士団長様は、何か勘違いされておられるようだ。……アルレッキーノ? どなたの名前でしょう?」
「とぼけるなっ!」
「とぼけてなどいませんよ。見て分かりませんか? この通り、本当に心当たりがないんです」
「お前たちも知っての通り、先ごろ、勇者様たち〝四人〟の手によって竜王は葬り去られた。我らの王国にとって……いいや、この世界にとって、四人は真の英雄であられる」
クソくらえだ。俺は表情ひとつ変えなかった。
「しかし! この港町で、恥知らずにも勇者様たち四人を騙した詐欺師がいるという! そいつの職業は〝遊び人〟であり、勇者様たちには『アルレッキーノ』と名乗ったそうだ」
「それが? まさか俺が、そのアルレッキーノとかいう男だと?」
「これを見るがいい!」
ルクレツィアは一通の書状を胸の前に掲げた。
「そっ、その絵は――!?」
俺とアルパヌは息を呑む。
「――猿、ですか?」
「ちっがーう!!」
ルクレツィアは地団駄を踏む。
書状にはミミズの這ったような線で、かろうじて動物の顔だと分かる絵が描かれていた。
まるで五歳くらいの子供の落書きだ。
「これは〝アルレッキーノ〟の人相描きだ! 王都より透視術(クレアボヤンス)で届いた勇者様の手による似顔絵を、我らの城の職人に書き写させた」
勇者たちのパーティに絵心のあるやつがいなくて助かった。
「たしかにこの絵では何の参考にもならん」
バッサリである。
「だが、この絵に付された説明は大いに参考になった! この町に現れた時期といい、背格好といい、髪や肌や瞳の色といい――。すべてがお前と一致しているぞ、アルレッキーノ!!」
「ですから、俺の名前はルーデンスです。オティウム・ルーデンス!」
「この後に及んで、まだ言うか――」
俺は微笑んだ。
「ところでルクレツィア様、籠手を新しくなさいました?」
「は?」
「以前お城でお見かけしたときと、少しデザインが違うと思いまして。見たところ、打ち込まれた鋲の一つひとつにお花の彫金が施されている。大変お綺麗ですね」
俺はできる限りのイケボとキメ顔で微笑んだ。
「う、うむ……まあな……」
ルクレツィアはわずかに頬を染めてうなずく。
小娘を騙しているようで気乗りしないが、この状況を乗り切るためなら仕方ない。
「心を込めて手入れなさっていることが分かります。まるで鏡のように磨き込まれて、ルクレツィア様のお美しい瞳の色までもはっきりと映っている。光り輝く甲冑を纏ったあなたのお姿は、伝説の戦乙女(ヴァルキリー)そのもの! 神話の女神たちでさえ、あなたの眩しさに嫉妬するに違いありません」
「わ、わわ、私は……武の道しか知らん無骨な女だ。美しさなど必要としておらん――」
ルクレツィアの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
頭から、ぷしゅうと湯気が立ちそうなほどだ。
「そんなご謙遜をおっしゃらないでください。失礼ながら、その籠手をもっと近くで拝見しても?」
そう言いつつ、俺はルクレツィアの前でひざまずき、片手を差し出した。
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