お金があればお金は増やせるんですよ


 猫族の商人は言った。


「まあ、隠す必要もあらしまへんな。今回の大市には〝公国〟の、さるやんごとなきご身分のお方がいらしてるんですわ。もちろん、お忍びで」


「それで?」


「〝王家の赤薔薇〟を召し上がって、さぞかしお気に召したようで……。買い付けてくるようにと、あたしがご用命を賜ったわけですわ。故郷に戻ったら、貴人を招いた晩餐会で使いたい、と」


 鼠人族のチーズ商トーポは笑った。


「でしたらなおさら、私があなたに売る理由がなくなりましたな。その〝やんごとなきお方〟が当店にお見えになるのをお待ちすればいい」


「ですから申しましたやろ、隠す必要もあらしまへんと。……そのお方は〝王国〟の言葉が苦手で、通訳なしには会話できひんのや。せやけど、肝心の通訳さんは牡蠣に当たって寝込んでもうたそうや。ゆうても、お忙しいご身分のお方や。本日中に〝公国〟への帰路につかなあかん。通訳さんの回復を待っとる余裕はない……」


「まあ、作り話にしてはよく出来ていますな」


「作り話ちゃいますわ! こっちが下手に出ていたらいい気になりよって――」


 猫族の人々は、イラ立ちを隠すのが苦手だ。

 感情がたかぶると、普段は隠している鉤爪が剥き出しになってしまう。

 この商人の指先からも、白く鋭い爪が伸び始めていた。

 まさか切り付けるつもりはないだろうが、俺は仲裁に入った。


「えーっと、つまり? そちらの猫族の紳士は、確実に稼げる儲け話を持っていると?」


「せや! このヒゲに誓って、作り話ちゃいますで?」


「けれど、トーポさんはその話を信じる気になれないわけですね」


「もちろんです。〝大市〟の期間こそ店頭販売をしていますが、そもそも普段の私は〝一見さんお断り〟で商いをしています。いくら身なりが良くとも、よそ者を相手にツケで商売するつもりはございません。たとえ一ゴールドのツケだとしても」


「慎重さは商売人の美徳や思います。けれど慎重すぎるのも考えもんでっせ?」


「あなたたち猫族のように、むやみに高い場所に登ったりしないんですよ。私たち鼠人族は」


「あー! それ、人種差別でっせ? 時代が時代なら大問題や!!」


「お二人とも落ち着いてください!!」


 俺は肩をすくめた。


「でしたら、俺が代わりに信じますよ。その〝儲け話〟とやらを」


「「「――はい?」」」


 俺以外の三人がハモった。


「確認ですが、そちらの猫族の商人さんは――」


「遅なりました。セルヴァティコ・ガットーと申します」


「いいでしょう、ガットーさん。あなたは最低でも五個の〝王家の赤薔薇〟を仕入れたい。あのチーズが手に入りさえすれば、本日中に売り捌く見込みがある。しかし、仕入れるためには一〇〇〇ゴールド足りない。……間違いありませんね?」


「おっしゃる通りです」


「でしたら、その一〇〇〇ゴールド。俺がお貸ししましょう」


「ほんまでっか!?」


「その代わり、利率は高いですよ?」


 猫族の商人ガットーは、自信満々に微笑んだ。


「どんと来いですわ」


「吹っかけようと思えばいくらでも吹っかけられます。それこそ、ニチイチやニチゴと言ってもいいぐらいですが……。あなたのようなきちんとした商人を相手にしては、あまりにも礼を欠いた暴利でしょう。したがって、トイチぐらいでいかがでしょうか?」


「ご主人! ご主人!!」


 またしてもアルパヌが袖を引っ張る。


「ニチイチやニチゴ、トイチってなんですか?」


 俺は早口で答える。


「一日で一割の利子がつくのがニチイチ、五割ならニチゴだ。賭博で負けて分別を失ったやつらなら、こんな暴利でも喜んで借りる。一方、トイチは十日で一割の略だ」


 ガットーが後を引き継いだ。


「つまりな、お嬢ちゃん。今日一〇〇〇ゴールドを借りたら、十日後までに一一〇〇ゴールドにして返さなあかんっちゅうわけや」


「勝手ながら、今日を〝一日目〟として数えさせていただきます」


「ほなら、今日中に返せば一〇一〇ゴールドでええ……っちゅうわけやな」


 俺はうなずいた。一〇〇〇ゴールドをトイチで貸せば、十日間で一〇〇ゴールドの利子がつく。

 一日あたり一〇ゴールドの計算だ。


「失礼ですが、ご宿泊先をうかがっても? ご返済をお受け取りに参ります」


「ワイは〝緋竜亭〟に泊まってますけど――」


 この町に三つある酒場の一つだ。


「――せやけど、ご足労いただくには及びません。ここでご融資いただけたら、チャチャっとチーズを買うて、パパっと〝やんごとなきお方〟に売りつけて、シュババッとこの店に戻って参りますわ」


「取引成立ですね」


 俺は一〇〇〇ゴールド金貨を親指で弾いた。


「おおっと」と声を出しつつ、ガットーは片手でそれを受け止める。


「えらいおおきに。……そしたらトーポはん、〝王家の赤薔薇〟を五つ包んでもらいましょか。この通り、ここに六〇〇〇ゴールドあります」


 ガットーはニコニコと笑いつつ、カウンターの上に並んだコインに一〇〇〇ゴールド金貨を追加した。

 トーポは「やれやれ」と言いたげに頭を振り、ため息をついた。


「私としてはお代さえいただければ文句はありません。しかしルーデンスさん、後悔なさっても知りませんぞ?」


「でしたらトーポさんからもお願いしていただけますか? こちらの猫族の商人さんに、ルーデンスを後悔させないでくれ、と」


 トーポは返事をする代わりに、小さく肩をすくめるだけだった。

 彼は椅子(スツール)から滑り降り、盆とトングを手に棚に近づく。

 五つの〝王家の赤薔薇〟をカウンターまで運ぶと、慣れた手つきで蝋引き紙(パラフィンし)で包み始めた。


「ほな、行ってまいります」


 五つのチーズの塊を器用に肩の上に載せて、猫族の商人は言った。


「間違っても〝やんごとなきお方〟の居場所を聞いたりしないでくださいよ。あくまで〝お忍び〟で来てはるんです。ついでに、あたしの跡をつけるのもやめてもろたら――」


「いいからさっさと売ってきたらいかがです?」


 呆れたように鼠人族のチーズ商は言った。


 ガットーは笑った。


「それもそやな! ――ほな!!」


 彼は勢いよく店を飛び出して行った。

 汚れがつかないように包装されているとはいえ、チーズを落とさないか不安になる。

 猫族の身体能力を信じるしかないだろう。


「本当によろしかったんですか?」


 トーポは呆れ顔だ。

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