通貨と卵と女騎士


「そうです、硬貨です。……ほら、あのダークエルフさんは、真ん中に穴の開いた、不思議な金貨を使っています」


「あれは一〇〇クーリット金貨だよ。島嶼連邦で流通している」


「島嶼連邦? ゴールド金貨とは違うんですか?」


「島嶼連邦は〝西の海〟の北部に散らばる群島が同盟を結んでできた国だ。元々は一つの島に一つずつ国があったけど、百年前の〝竜王〟の登場を機に、連邦制になったらしい。『クーリット』は彼らの古い言葉で『毛皮』を意味する……と聞いたことがある」


「毛皮?」


「小さな島々が集まった国だからな。牧畜が発達せず、毛皮が貴重だったのかもしれない」


 アルパヌに説明しつつ、俺はチラチラと背後をうかがっていた。


 並んだテントや屋台のせいで、街の広場は即席の迷路のようになっている。

 通路には人が溢れ、肩をこすり合わせるほど混み合っていた。

 そうした人々の頭の向こうに、銀髪のポニーテールが見えた。

 ルクレツィアだ。

 彼女は二人の衛兵を引き連れて、この広場を巡廻しているらしい。


 俺はアルパヌを引っ張り、角を一つ曲がった。


 ルクレツィアの視界に入らないようにするためだ。


「ちなみに、クーリット金貨は純金の含有率が多くて価値が高い。さっきの一〇〇クーリット金貨を一枚手に入れたければ、一〇〇〇ゴールド金貨が二十枚は必要になる」


「同じ金貨一枚なのに、一〇〇クーリットが欲しければ二万ゴールドも必要になるんですか?」


「つまり交換レートは一クーリット=二〇〇ゴールドってことになる。島嶼連合はいい金鉱を持っているらしいな」


 口では金貨について解説しつつ、頭の中ではルクレツィアのことを考えていた。


 彼女がわざわざ港町まで出てきたのはなぜだ?

 騎士団長が直々に捜査しなければならないほどの、重大な容疑者がこの町にいるのだろうか?

 しかしこの二週間、殺人や強盗の噂は耳にしていない。

 だとすれば、位の高い誰かから人探しを依頼されたのだろうか?


 城でマリアを守護するよりも人探しを優先しなければならないとすれば――。


 それはきっと、王都からの依頼だ。


「あっ、見てください! 今すれ違った人、卵料理を食べてましたよ!! あれって〝クラーケンの卵〟ですよね?」


「ああ、そうだな」


「きっと向こうで売っているんですよ! 行きましょう、ご主人!」


「いいや、こっちだ――」


 俺はアルパヌの肩を抱き寄せ、無理やり方向転換させた。


 彼女の進もうとした先に、またしても衛兵の姿を見つけたからだ。


「ご主人? こっちにも〝クラーケンの卵〟を売ってるお店があるんですか?」


「この港町では、少なくとも五種類の通貨が使われている。俺たちの〝王国〟が発行しているゴールド、さっき見かけた〝島嶼連合〟のクーリット――」


「えっと、その……ボクは〝クラーケンの卵〟が食べたくてですね……」


「――それからバレイ、サルディ、キン。この港町で暮らしていくなら、お前もこの世界にどんな通貨が存在するのか知っておいた方がいい」


「それはまあ、そうでしょうけど……。今じゃなきゃダメですか、その話?」


 脳裏に浮かんだのは、勇者たちの姿だった。

 やつらは血筋がいいし、王都の上流階級と深い繋がりがある。

 適当な罪状をでっち上げて、俺を指名手配することなど造作もないだろう。


 彼らが俺を追放したのは、俺がパーティの全財産を失ったからというだけではない。

 より本質的には、不名誉な噂を流されたくなかったからだ。


 会計係が賭博でカネをスったというだけでも、あるいは全財産をはたいて女奴隷を買ったというだけでも不名誉だ。

 ましてや、パーティの仲間から泥棒が出たと宣言するわけにもいかない。


 だからこそ俺をパーティから追放して、最初から仲間ではなかったという〝設定〟にする必要があった。


 名誉のためであるならば、いずれ俺の口を塞ごうとしてくるはずだった。

 この二週間、何もされなかったことのほうがおかしい。


 つまり、俺は指名手配されたのではないか?


 ルクレツィアは、俺を探しに来たのではないか――?


 もちろん証拠はない。ただ、悪い予感がするだけだ。


 アルパヌに俺の懸念を説明しても、きっと笑われるだろう。

 あるいは、頭がおかしくなったと心配されるかもしれない。

 なぜなら彼女は、俺が〝竜王〟を倒したパーティの一員だったことすら信じていないのだ。


「だからまずは、バレイ金貨の話をしよう」


 通貨の話で時間を稼ぎつつ、さりげなく人混みから離れよう。

 雑談をしているように見せかけて衛兵たちの目を誤魔化しつつ、広場から脱出するのだ。


「バレイ?」


「隣国の〝公国〟で使われている通貨だよ。ほら、あそこの商人を見ろ。古代文字が刻印された金貨を使っているだろう? あれがバレイ金貨だ」


「……は、はあ?」


「〝公国〟は、千年前に滅んだ古代帝国の末裔を名乗っている。元首の〝大公〟は、古代の皇帝の血を引いているそうだ。どこまで本当か、分かったもんじゃないけどな。……ちなみに『バレイ』は、元々は麦の重量を示す単位だったらしい」


 アルパヌはぴたりと立ち止まる。

 そして、くんくんと空中の匂いを嗅いだ。


「……どうした?」

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