バカどもの悪だくみ
言い返そうとする僧侶を遮って、盗賊は言った。
「こんな事態になったのは、カネが無いからだ。カネさえあれば、もっと贅沢に旅ができた。豪華な旅客馬車を雇って、堂々と王都に向かうことができた。カネがないばかりに、こんな密入国者みたいな思いをしている」
愚鈍で子供じみたやつらばかりのパーティで、盗賊はまだマシな方だった。
この時も、彼は人間の行動原理をよく理解していた。
百年前、虚(うつろ)の儀式により〝竜王〟が人間の姿を捨てたことで、近隣の小国は戦争をやめた。
〝竜王の国〟による侵略の危機に晒されて、何千年も続けていた小競り合いが無くなった。
人類は共通の敵を得ると、一致団結できる生き物だ。
それはたった四人のパーティでも変わらない。
「八つ裂きにしてやりたい……」
くちびるを噛みながら、僧侶は言った。魔術師が相槌を打つ。
「ええ、その点には同意いたします」
いくぶんホッとしたような顔で、勇者が続いた。
「そ、そうだよ! 許せないよな、僕たちのカネを奪うなんて――」
カネの管理を嫌がり、全財産を俺に預けたのは勇者たちのほうだ。
が、彼らは都合よくそのことを忘れてしまったらしい。
水晶玉の向こうで、大祭司が首をひねる。
『カネを奪ったというと、例の〝遊び人〟の話か?』
「おっしゃる通りです」と盗賊が答える。「大祭司様もこの水晶玉を通じて、何度か言葉を交わしたことがあるはずです。あの〝遊び人〟は結局、最後まで心を入れ替えませんでした。戦闘時には適当に手を抜き、夜には遊び歩き、そして最後には、オレたちをカネを盗んだのです」
何度も書いているように俺は盗んだわけではないのだが……。
もう訂正するのも面倒くさくなってきた。
『彼のことなら覚えておる。たしかに下賤な生まれの者にありがちな品の無さは感じたが……』
「品がないだけならマシだったわよ!!」
「他人を騙すことにかけて、やつの右に出る者はいないでしょう」
僧侶は、ニヤーッと笑った。
「そうだ、パパ! あいつに異端を宣告してよ!!」
『……は?』
「だから、あの〝遊び人〟を異端者として告発してよ! 見つけ次第、教会に身柄を渡すように国中にお触れを出して? パパならできるでしょ!」
『……』
「待ってくれよ、僧侶」と勇者は慌てる。「僕もあいつのことは許せない。だけど、異端者として捕まれば火あぶりだ! あいつの悪事が火刑に値するとは思えないよ……」
しかし、魔術師は首を横に振った。
「僭越ながら勇者様、私は僧侶に賛成です」
「オレもだ、勇者」
「お前たち!?」
「オレも勇者の言いたいことは分かる。あいつの命まで奪ってやりたいとは思わない。けれど、異端者だというお触れが出れば、あいつはもはやこの国で暮せなくなるだろ?」
「事実上の国外追放です。私たちと二度と顔を合わせることもなくなる。永遠に」
「なるほど……」
僧侶は呆れたようにため息を吐いた。
「三人とも甘ーい。あんなやつ、本当なら火あぶりでも甘すぎる。できることなら車裂きの刑にしてやりたい」
眉根にしわを寄せて考え込んでいた大祭司が、ようやく口を開いた。
『残念だが、異端宣告はできない』
「はぁー? どうして!? 他でもないあたしがお願いしてるんだよ、パパ!!」
『もちろんお前の気持ちは分かるが――』
「だったらどうにかしてよ! 〝七人の大祭司〟という地位は飾りじゃないでしょ!?」
『飾りではないからこそ、だ。異端の宣告は、平信者たちの信心を高めることに繋がらなければならん。そのためには、何よりも証拠がいる。誰が聞いても、その者が異端だと納得できるだけの証拠が』
「どうでもいいじゃん、平信者なんて……」
『いいわけがなかろう! それでなくとも近頃では商人や職人のような俗人どもが力を付けて、われら魔道教会の威信は揺らいでおる。天罰を恐れず、軽微な戒律違反を繰り返すようになっておる。〝お告げがあった〟のひとことで罪人を刑場に送り込めた百年前とは違うのだ』
「もういい。パパに相談したあたしがバカだった」
『だが、私もその男を野放しにしていいとは思わぬ』
「……パパ?」
『その男のやったことは、横領であり、背反であり、コソ泥だ。立派な犯罪だ! パーティから追い出すだけで済ませた勇者殿のご判断は――失礼ながら――適法とは言いがたい』
断っておくが、俺は法律を犯すようなことはしていない。
犯罪というのは大祭司の言い掛かりだ。
パーティが全財産を失ったのは、カネの管理を俺に任せていた勇者たちにも責任がある。
が、当然ながら、勇者たちが俺に代わって釈明してくれるわけがない。
勇者はごくりとつばを飲んだ。
「おっしゃる通りです、大祭司様……」
勇者という名が聞いて呆れる。
この男は、童貞を卒業しただけでイキってそれを周囲に吹聴するような小物だった。
きっとこの時も、自分の行為が罪に問われるのではないかと内心ビクついていたはずだ。
『幸いにして』と大祭司は微笑んだ。『私は国王陛下にご忠言できる立場だ。貴族や官吏たちとも面識がある。〝遊び人〟を卑劣な泥棒として指名手配してもらうことぐらい、造作もない』
「パパ、本当っ!?」
僧侶は顔をパァっと輝かせた。
『本当だとも! お前が旅先で浮ついた行為に染まったのも、きっとあの男から悪い影響を受けたに違いない。父親としても、絶対に許せぬ』
「ありがと、パパ! 大好き!!」
僧侶は、水晶玉に口づけしそうな勢いで喜んだ。
『ただし――。いかんせん、宮殿内の政治が関わることだ。指名手配のお触れが実際に出されるまでには時間がかかる。少なくとも、二週間ほどは必要だろう』
「二週間? ということは、あたしたちが王都に着く頃には――」
『〝遊び人〟は晴れて、コソ泥として国中に名前を知られることになるというわけだ』
僧侶は楽しげに笑った。
「王都に到着したときの楽しみが増えちゃった」
魔術師と盗賊は、狭い荷台の中でどうにか体を捻り、頭を下げてみせる。
「感謝いたします、大祭司様」
「できる限り重たい容疑を、あの男に」
大祭司は力強くうなずいた。
『任せておれ。地位さえあれば世の中を意のままにできるということを、お前たちに見せてやる』
そして思い出したように付け加えた。
『ああ、そうだ。それから勇者殿――』
「はい?」
『王都に着いたら、お前と話がある。覚悟しておくように』
「はい……」
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