その頃、勇者たちは…


 勇者たち四人の周囲には、樽や木箱がうずたかく積まれている。

 どうにか荷物を整理して作った隙間に藁を敷き、パーティの一行は肩を寄せ合って座っていた。

 四人の足元には透明な水晶玉が一つ置かれ、ほんのりと白い光を放っている。

 水晶玉の内側では、初老の男性が困惑顔を浮かべていた。


『どうにかしろと言われてものう……』


 水晶の中の男は答える。

 金糸の刺繍で彩られた白い法衣の上に、やはり金糸をびっしりと縫い込んだ緋色のマントを羽織っている。

 高位の聖職者であることは明らかだ。


「馬糞のにおいがプンプンするし、南京虫は出るし、もう最悪なの! こんな荷馬車で旅するなんて、三年間で一度もなかった!!」


 ヒステリックに叫ぶ僧侶を、残りの三人はじっと黙って眺めていた。


 こうなった時の彼女には何を言っても無駄だ。

 一通りの罵倒を並べて、疲れたらさっさと寝てしまう。

 そして翌朝には、何ごとも無かったかのようにケロッとした顔で起きてくる。

 それが僧侶という女だ。

 しかし問題は、この狭い荷馬車では寝られそうにない、ということだった。


「パパの力で何とかできないの!?」


『助けてあげたいのは山々だが、私は王都にいるのだよ? これほど離れてしまっては、できることなど何も――』


「あーあ、使えない! 魔道教会の七人の大祭司という肩書きも、大したことないのね」


『だから言ったではないか。お前がまだ子供の頃、虫除けの術式をきちんと練習しておけと。お前は才能があったから、もっと難しい術式に次々に取り組んで、簡単なやつをバカにしていたが……』


「お説教はやめて。ていうか、虫だけじゃなくてニオイもキツいと言ってるでしょ? 話を聞いてなかったの!?」


「な、なあ、僧侶……」と、勇者が口を挟む。「これで分かっただろ? 大祭司様でさえ、この状況を変えられないんだ。透視術(クレアボヤンス)で親子喧嘩なんて、魔力の無駄遣いはやめようよ――」


「あんたは黙っててよ、剣を振るしか能のないバカのくせに」


 勇者はムッとした表情を浮かべた。

 が、文句を言ったのは魔術師だった。


「それは言い過ぎだと思いますよ、僧侶さん」


「はあ? どうしてあんたがこの男を庇うのよ」


「三年間、旅を共にした仲間だからです。意見の衝突はあるでしょうが、侮辱はいけません」


「とか何とかテキトーなこと言って、人の男に手を出すつもりでしょ?」


「お、おい! やめてくれよ」と勇者は苦笑する。「それから魔術師さんも。気持ちはありがたいけれど、このくらい気にしなくていいよ」


 水晶の向こうでは、大祭司が目を白黒させていた。


『今、〝お前の男〟と言ったか? お前たちは恋仲なのか!? パパは聞いてないぞ!!』


 勇者は慌てる。


「いえ、その……なるべく早くご報告しようと思っていたのですが……」


「ヘコヘコしないでよ! ていうかパパ、あたしは立派な大人なの。誰と付き合おうとあたしの勝手でしょ」


『しかし――!!』


「まだ話は終わっていません!」


 魔術師が叫んだ。

 いつも暗い声でボソボソと喋る彼女が、珍しく大きな声を出した。


「私はただ、勇者様にひとこと謝罪があればいいと思っていました。にもかかわらず、僧侶さんは私まで愚弄した……。私が勇者様に色目を使っているとおっしゃりたいのですか? 私が、誰かの恋人を奪うような女だと?」


「カマトトぶらないで。あんただって分かってるでしょ、女はみんな泥棒猫だってこと」


「理解しかねます」


『パパを無視するな! お前たち、一体いつから付き合っているんだ?』


「そ、それはその……ですね……」


「だからヘコヘコすんなって言ってるでしょ!?」


「いいえ勇者様、はっきりとお伝えすればいいんです。旅が始まってすぐ、この女に言い寄られたのだと。わざと目撃されそうな場所で着替えたり、わざと転んで胸を揉ませたり――。〝ラッキーすけべ〟を演出されて、ありとあらゆる手を使って落とされたのだと」


「え、嘘……。あれは全部、僧侶の自作自演だったの……?」


「まだ童貞であらせられた勇者様には、さぞかし効果的だったことでしょう」


「いい加減なこと抜かさないでよね、このネクラ女……」


「私は嘘は申していません。なんなら、毎夜のごとく勇者様のベッドに潜り込んでいやらしい嬌声をあげていたこともお父様にお伝えしておきましょうか?」


『嬌声だとぉッ!?』


 水晶玉の向こうの大祭司は、気絶しそうな声を上げた。


「私の目の下にクマが刻まれた理由の半分ほどは、大祭司様のご息女のせいで寝不足だったからです」


「陰気な顔は生まれつきでしょ? このブス」


「えっと、えーっと……。これは、ですね。どこからお父様に説明したものか……」


『お前にお父さんと呼ばれる筋合いはないッ!!』


 ずっと黙っていた盗賊が、ついに痺れを切らした。


「お前ら、いい加減にしろ!!」


 吐き捨てるような口調で、盗賊は続けた。


「今の俺たちにできることは何もないんだ。転移魔法を使えるような魔術師は、竜王との戦争で一人残らず死んだ。この荷台をこれ以上快適にする方法はない。これから先の二週間、じっと耐えるしかないんだよ。現実を受け入れろ」


 ここで少しだけ、俺の私見を述べさせて欲しい。


 こんな時、もしも俺がパーティに残っていたら、くだらない冗談の一つでも言って場を和ませていたはずだ。

 たしかに俺は戦闘では役立たずだったかも知れないが、このワガママな五人で三年間も一緒にいられたのは、〝遊び人〟たる俺が潤滑油になっていたからだ。


 しかし、こいつらがそれに気づくことは永遠にないだろう。


 旅の仲間を追放した人々が後悔する話を、しばしば耳にする。


 たとえば以前なら瞬殺できたはずのモンスターに苦戦するようになって、やはりあいつは必要だったのだ、追放したのは間違いだった……と気づく人々がいるという。


 俺に言わせれば、後から自分の間違いに気づけるだけそいつらは立派だ。

 本当の愚か者たちは、絶対に自分の間違いを認めない。

 何か気に食わない事態に直面すれば、自分以外の誰かにその責任を負わせようとする。


「だけど――」


 僧侶はまだ何か言おうとした。だが、盗賊は許さなかった。

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