VSボッテ戦②
「うーむ、なるほど。冒険貸借ですか。ううむ……」
ボッテは腕を組んで考え込んだ。
「はーい、ご主人!」とアルパヌが手を上げる。「ぼーけんたいしゃくって何ですか?」
「本来は、貿易船を出すときに使う契約の形式だよ。船を一隻出すのには、すこぶるカネがかかる。積み荷を仕入れるだけでなく、水夫や沖仲仕をたくさん雇わなければならない。船の整備・修繕だってバカにならない。船主一人では、とても賄いきれないだろ?」
「言われてみれば、たしかに……?」
「だから船主たちはしばしば、貴族や豪商・豪農からカネを借りるんだ。航海が終わって船が戻ってきたら、貿易で得た利益から元本と利子を返済する。そして、ここが肝心なんだが――」
俺は身を乗り出した。
「――もしも船が沈んだら、カネを返さなくていい」
アルパヌは目を丸くした。
「えー!? それならお金を貸した側は大損じゃないですか!!」
「いいや。そうとも限らないんだよ、お嬢ちゃん」とボッテ。「冒険貸借は貸し手と借り手の双方にメリットがあるんだ。まず借り手である船主の側から見れば、船が沈むだけで悲劇だろう? 大切な商売の仲間たちを失うだけでなく、貿易で得られるはずだったお金も入ってこない。その上、借金まで背負うことになったら目も当てられない」
「というか、返せないですよね。貿易に失敗してるんだから」
「その通り。だから『船が沈んだら返済免除』という〝冒険貸借〟の仕組みはありがたいんだ」
俺が説明を引き継いだ。
「そして、貸し手の側から見れば、たくさんの船主にカネを貸せばリスクを分散できる。たとえば五人の船主にカネを貸して、五隻すべてが沈没するなんて不運は滅多に起きないだろう? たとえ一隻が沈んでも、残りの四隻が無事に戻ってくれば利益を出せるように、利率を設定すればいい」
「えーっと、つまり、今回の場合、ご主人は〝大市〟に向けたエール醸造にお金を貸そうとしているわけですから……」
「もしも〝大市〟が失敗したら、カネは返さなくていいと言っているんだ」
俺はボッテに向かってウィンクした。
「嵐や天変地異で〝大市〟が中止されたり、開催されても何らかの理由でエールの売上が極端に悪かったときは、三十万ゴールドは返さなくていい。運が悪かったと思って、すっぱり諦めるよ」
「まさかご主人がそれほど寛大な方だったとは……」
「まるで俺がドケチみたいな言い草じゃねえか」
「実際ドケチじゃないですか。ボクに一滴も〝精〟を分けてくれないし」
「あのなあ――」
俺がツッコミを入れるよりも先に、アルパヌは店主に向かって身を乗り出した。
「というわけで亭主さん、これを借りない手はないですよ! うちのご主人が珍しく太っ腹なところを見せているんですから!」
しかしボッテは、組んだ腕をほどかなかった。
「けれどね、お嬢ちゃん。〝冒険貸借〟にはデメリットもある」
「はて?」
「利率がすこぶる高いのだよ。一回の航海あたり、二割から三割の利子をつけて返すのが普
通だ。そして一回の航海は、大抵、一~二ヵ月で終わる」
アルパヌは自分のこめかみに人差し指を当てた。
「えーっと、待ってください? たしかこの王国では、お金を貸したときの利子は二割が相場でしたよね?」
俺が答えた。
「それは年利。一年間で二割の利子がつく」
「だけど〝冒険貸借〟の場合、一ヵ月で二割の利子がつくこともあるから――」
「――十二倍高い、ということになる」
アルパヌは地団駄を踏んだ。
「そんなの暴利じゃないですか! ご主人のドケチ! 吝嗇家!! 亭主さん、絶対に借りたらいけませんよ!!」
「お前はどっちの味方なんだ!?」
俺は咳払いを一つして、ボッテに向き直った。
「いいかい、亭主さん。俺は別に暴利をむさぼりたいわけじゃない。〝大市〟が終わるまでの六週間で、二割の利子でどうだろう? この町の〝冒険貸借〟の相場に比べても、ややお手頃な利率のはずだ」
「それでも、決して『安い』とは言えませんよ」
俺は舌打ちした。
「いい加減にしてくれよ」
「なんですと?」
「想像力を働かせてくれと言っているんだ!」
俺は語気を強めた。
「〝大市〟の期間中は、普段の倍の値段でエールが売れるんだろう? あの四つの木桶をできたてのエールで満たせば、一一五万二〇〇〇ゴールドの倍、すなわち二三〇万四〇〇〇ゴールドのカネに変わるんだろう? あの木桶は、いわば黄金の卵を産むガチョウだ! あんたが一番よく分かっているはずだ!!」
「……」
「三十万ゴールドの二割なら、利子は六万ゴールだ! いいか、六万ゴールドだぞ!?」
俺はこぶしでテーブルを叩く。
「たったの六万ゴールドを惜しんで、二三〇万四〇〇〇ゴールドの売上を見逃すのか? エミリアーノ、あんたはそんなバカじゃないはずだ! 毎年の〝大市〟でしっかり利益を出して、この店をきちんと切り盛りしてきたはずだ! そうだろう!?」
「私だって、この現金が必要だと分かっていますよ! そもそも麦問屋が現金払いを要求してきたのが悪いんだ。もしも彼らがいつも通り、掛け取引に応じてくれたなら――」
「その話は、今は関係ない」
「!?」
「麦問屋は掛け取引には応じてくれなかった。それで終わりだ。今さら『もしも』の話をしても意味がないだろ?」
エミリアーノ・ボッテは口をつぐみ、憎らしそうに俺を見た。
ちょっと追い詰めすぎたかもしれない。
が、これも想定内だ。
俺はできる限り悲しそうな表情を浮かべてみせた。
「デカい声を出して済まなかった。だけど、亭主さん……。俺は悔しいんだよ」
「悔しい、ですと?」
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