徹底活用!奴隷少女!!


 マリアは呼び鈴を高らかに鳴らした。


「契約書と一緒に三十万ゴールドを用意させるわ。王国の金貨で構わないわね?」


「ご厚情、痛み入ります」


 俺は慇懃に頭を下げる。


「――お呼びでしょうか?」


 ホールの入り口にルクレツィアが現れた。

 彼女がひざまずくと、プレートメイルがかしゃかしゃと音を立てた。


「お湯を沸かしてお風呂の準備をしてくれる? それから、この子をわたしの寝室に」


「寝……室……?」


「かしこまりました」


 ルクレツィアはのしのしとソファまで歩み寄り、アルパヌの手首を掴んだ。


「こっちに来い」


「えっと、その、待ってください! ご主人! こんなのやっぱり間違ってますよう!!」


「間違ってる? 何が?」


 どう考えても、一石二鳥の妙案だ。

 エール醸造のための資金を調達しつつ、ハーフサキュバスの〝食欲〟の問題も解消できる。


 ルクレツィアに引っ張られながら、アルパヌは涙目で訴えた。


「だって、ボクは〝精〟を吸うんですよ!? 精を抜かれた人間はミイラみたいに干からびて死んじゃうんですよ!!」


 俺の代わりにマリアが答える。


「あなたはサキュバスと言ってもハーフのはず。そんなに大量の〝精〟を一気に吸うの?」


「いえ、ごく微量ですが……?」


「だったら問題ないわ」


 マリアは楽しそうに笑った。


「ただちに健康に影響は出ないんでしょう?」




   ◆


 その夜、俺は酒場の片付けを手伝っていた。


「まったくすみませんねぇ、ルーデンス様にこんな雑用をさせてしまうなんて」


 バーカウンターをふきんで拭きながら亭主が言う。


「いいや、気にしないでくれ。俺は早くあんたとカネの話をしたいだけだ」


 床にモップをかけながら俺は答えた。

 椅子はすべてテーブルの上に逆さに載せられている。

 ろうそくはどれも短くなり、燃え尽きかけている。


 俺が城から戻ってくると、すでに酒場の賑わう時間になっていた。

 カネの話をできる雰囲気ではなかった。

 そこで、最後の客が引けるまで待っていたのだ。


 普段の俺なら、どんな美女に頼まれてもこんな仕事はしない。

 が、自分のカネがかかっていたら話は別だ。

 それが大金なら、なおさらである。


「最後に、その食べかすを捨てたら終わりです」


 亭主は、俺の足元の木製のバケツを指差した。


「了解。表の水路に捨てちまっていいんだな?」


「ええ、構いません。海まで流れて魚の餌になりますから」


 俺がバケツを持ち上げると、ツンと鼻の曲がるようなニオイがした。

 それでも俺は相好を崩さなかった。

 すべては遊んで生きていくためだ。


 酒場の外に出ると、青白い月が表通りを照らしていた。

 道は舗装されておらず、所々に雑草が生えている。

 路肩には水路が掘られ、土が崩れないように木の板で補強されていた。

 ちょろちょろと水の流れる音。

虫の声。


「――ただいま戻りました、ご主人」


 そしてアルパヌの声がした。俺は眉をひそめる。


「……どうしてここに?」


「マリア様に、馬車を出していただいたんです」


 月明かりに照らされながら、アルパヌはふらふらと俺の方に歩み寄ってきた。

 頬はほんのりと上気しており、目はぽやーっとどこか遠くを見ている。

 たっぷりと〝精〟を吸ってきたのだろう。

 肌も髪もツヤツヤぴかぴかだ。


「すごい経験を……しちゃいました……」


 ぼんやりと彼女はつぶやく。


「いや、そうじゃなくて! どうして帰ってきたんだと聞いているんだ。だってお前は――」


 酒場の店主に聞かれないよう、俺は声を落とす。


「……お前は担保だぞ?」


「そうです、ボクは担保です! つまり、ご主人がお金を返せなかった場合に、マリア様のものになるという約束のはずです」


「まあ、たしかに?」


「したがって、今のボクはまだご主人のものだ……と言って、お城から帰してもらいました。ほら、見てください!」


 と、左手を差し出した。小指に、細かな彫刻を施した銀の指輪をはめている。


「マリアさんにいただいた魔法の指輪です。マリアさんの持つ〝鍵〟がないと外せない指輪で、これをしている限り、マリアさんにはボクの居場所がすぐに分かるそうです」


「なるほど、担保を取りっぱぐれないようにするためか」


 アルパヌはシュンとうつむき、申し訳なさそうに俺を見る。 


「……ご迷惑、でしたか?」


「いや、別に」


 俺はそっけなく答える。


 アルパヌはなぜか、びっくりしたような顔をした。


「だけどお前は、城に残った方が良かったんじゃないか? いつでも腹一杯に食べられるし、柔らかいベッドで眠れたはずだ」


「それはそう、なんですが……」


 アルパヌは両手で顔を覆った。


「でもでも! あんな恥ずかしい思いをさせられるなんて!! ボクもうお嫁に行けません!!」


 耳まで真っ赤だ。

 ハーフサキュバスにこんなセリフを言わしめるとは、〝血染めのマリー〟は一体何をしたのだろう。


「心配しなくても、お前を嫁に欲しがる男なんていねえよ」


 何しろ健康被害があるのだ。俺はバケツの中身を水路に捨てる。


「でしたらご主人が、死ぬまでボクを養ってくださいよね!」


「勘弁してくれ。ハーフサキュバスは人間の倍も生きるんだろ?」


「頑張って二百歳まで生きてください」


「無茶言うな」


「とにかく! ボクはご主人とエールを作りながら生きていくと決めたんです!! だからお城から戻って来ました!!」


「誰がエールを作るって?」


 アルパヌは目をぱちくりとする。


「へ? だってご主人は、あの亭主さんと一緒にエールを作るんじゃないんですか? この町でエールの醸造家として生きていくと決めたのでは?」


「バカ言うな、俺は〝遊び人〟だぞ? そんな真面目に働くわけがない」


「ですから胸を張って言うことじゃありませんよ!! というか、だったらどうするつもりです? あの三十万ゴールドは――?」


 人の気配を感じて、俺は人差し指を立てて「しっ」とつぶやいた。

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