領主マリアの秘密とは!?


「マリア様、あなたには〝血染めのマリー〟というあだ名がありますね?」


「それが? 領民の中には口さがない連中もいる。いちいち目くじらを立てたりしないわ」


「なぜそんな名で呼ばれるのか、気になって調べてみたんですよ」


 酒場に集まった人々は喜んで教えてくれた。


「すると驚いた! どうやらあなたは〝初夜権〟を復活させたようですね。結婚前夜の娘を、しばしば城に招いていた。表向きには、夫を支えるための心得を諭すという名目で。……ところが、あなたに招かれた女性たちは誰一人として、城で何があったのかを語らなかった」


 マリアは黙って聞いていた。


「やがて悪い噂が流れるようになった。マリア様は若さを保つために、乙女の生き血を浴びていると――。そしてついたあだ名が〝血染めのマリー〟だった」


「大衆は娯楽に飢えているし、怪談話が大好きなのよ」


「もちろん俺も、根も歯もない噂だと思っています。ですが――」


 俺はマリアの方に向き直り、彼女を見つめる。


「――マリア様、あなたは殿方よりも女性のほうがお好きなのでしょう? しかも、かなり節操なく」


 酒場で情報を集めている時点で、予感がしていた。

 実際に面会して、よく分かった。

 マリアは俺の口説き文句に惑わされることなく、アルパヌの方に興味を抱いた。

 それを見て、予感は確信に変わった。


 彼女はくすりと笑う。


「だから何? それでわたしを脅迫するつもり?」


 もしも魔道教会に彼女の秘密を知られたら、ただでは済まないだろう。

 彼らの教えによれば、同性愛は禁忌とされているからだ。

 この宇宙の理(ことわり)に反するのだと教会は主張している。

 つくづく余計なお世話だと俺は思うが、それでも教義は教義だ。

 マリアは再び、呼び鈴を手に取った。


「脅迫だなんて滅相もない」


 俺は余裕たっぷりに微笑む。


「俺の故郷には『ロバ耳の王』という寓話があります」


「寓話? 急に何の話?」


「昔むかし、あるところに、野心家の王子がいました。兄たちよりも十歳も若く、側室の腹から生まれた王子は、それでも王位に就きたいと望みました。そして悪魔と契約したのです」


 身振り手振りを加えて、俺は語りかける。


「悪魔は契約に応えました。王様や兄たちは病に倒れて、王子は新たな王として即位したのです。しかし、王子はいつでも帽子をかぶっていました。悪魔との契約の代償として、耳の形が変わり、ロバの耳になってしまったからです」


 俺の故郷の物語だというのは、嘘である。


 俺はその場で、即興でお話を考えていた。


「宮殿お抱えの床屋だけが、王子の秘密を――いいえ、新たな王様の秘密を知っていました。髪を切るときにロバの耳を見て、床屋はすべてを察したのです。王様が悪魔との契約により、王位を手に入れたのだと! そして、床屋は王様を強請りました。『秘密をバラされたくなくば、お金を恵んでいただきたい』と。……さて、マリア様がこの王様ならどうなさいますか?」


「できるだけお金を払わずに済む道を探すわ」


「そうでしょう。ところが――」


 俺はあえて声を小さくする。相手をこちらに引きつけるためのテクニックだ。


「王様は、気前よく床屋にカネを払いました。それどころか自分の右腕として宰相に登用し、まるで幼い頃からの親友のように厚遇したのです」


「床屋としては願ったり叶ったりね」


「王様と床屋は仲を深め、友人と呼び合うほどになりました。王様は床屋から、髪結いや髭剃りの技術を教わり、床屋も喜んで教えました。そして、王様が一通りの技術を覚えて、自分一人で身だしなみを整えられるようになったある日――。王様は、床屋を反逆罪で告発し、斬首刑に処したのです」


 マリアは黙って俺の話を聞いていた。


「さて、この寓話から得られる教訓は?」


「強請りで得られる富は、一時的なものでしかない……かしら?」


「おっしゃる通りです。そしてもう一つ。強請りから始まる友情は、かりそめのものでしかないということです。しかしマリア様、俺はあなたと真の友情を結びたい」


「友情ですって? 口がお上手ね!」


 マリアは楽しげに笑った。


「ともあれ、あなたがわたしを脅迫するつもりはないことは分かったわ」


「先ほども申しました通り、俺はこの〝林檎半島〟ではよそ者です。悪い噂を流そうとしても、誰も俺を信じないでしょう」


「それでも、わたしはまだ迷っているわ。三十万ゴールドは、もしも返ってこなかった時に笑って許せる金額じゃない」


 あと一押しだ。

 この瞬間のために、昨日から準備を重ねてきた。


「ならば、担保をお付けしたい」


「担保?」


 俺はマリアたちの座るソファに歩み寄った。

 そしてアルパヌの肩を叩いた。


「ええ、担保としてこの子をお預けしましょう」


「ボクぅ!?」


 わざわざ綺麗なドレスまで着せて彼女を連れてきたのは、このためだった。


「なるほど、アルパヌちゃんをねえ……?」


 マリアは手を伸ばし、指先でアルパヌの頬をなぞった。

 アルパヌはびくんと小さく跳ね上がる。


「健康な若い女奴隷です。そのままでも十五万ゴールドは下らないでしょう。教育次第では、三十万ゴールド以上の値段が付くはず」


「たしかに悪くない条件ね」


 マリアはアルパヌの肩に腕を回し、優しく抱き寄せた。

「ひゃ〜」と変な声を出すアルパヌ。

 その黒髪に鼻を近づけて、マリアはすんすんと生え際の匂いを嗅ぐ。


「ま、まま、待ってください、ご主人!」


「どうした?」


「ボクはご主人と離れたくないですよう!!」


「分かってくれ、アルパヌ。これも事業を成功させるためだ」


 というか、働かずに生きていくためだ。

 三十万ゴールドの借入は、その第一歩に過ぎない。


「それに、これはお前のためでもあるんだぞ!」


「ボクのため?」


「健康維持のためには〝精〟を吸わないとダメなんだろう?」


 マリアがニコニコと笑う。


「つまり、これは〝誰も損しない取引〟ってわけね」


 分かってもらえたようだ。


 アルパヌはわずかに頬を赤らめ、もじもじと自分の指先をいじる。


「で、でも、その……ボクは、女同士の経験は……なくて……。というか、体の構造的に、不可能なんじゃないかなーって……」


「あら、可能よ? わたしが一から手ほどきしてあげる」


「それは心強い! 良かったな、アルパヌ!!」


「ご主人っ!?」


 マリアは俺に目を向けた。


「交渉成立ね」

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