これが俺のボロ儲け計画!


 マリアを無視して、俺は続ける。


「この王国では伝統的に、農作物の種を貸したときの利子は三割、現金のときは二割ですね」


「聞こえなかったの? 話は終わりよ」


「四十万ゴールドで年利二割なら、ひと月あたり六六六六ゴールド。〝大市〟の終了は一ヶ月半後ですから、その一・五倍のぴったり一万ゴールドを利子としてお付けします」


 マリアは冷笑した。


「つまり、何? あなたに四十万ゴールドを貸したら、六週間後には四十一万ゴールドに増えると言いたいの?」


「信じていただけませんか?」


「ふざけているわね」


 マリアは淡々とした口調で続けた。


「〝竜王〟との戦争が終わってから今日まで、あなたのような寄生虫が何人現れたと思う?」


「やはり、弔慰金を目当てに?」


「その通り。私の父も、婿養子の夫も、戦地から帰って来なかった。代わりに王都からは馬車いっぱいの金貨が届いた。……夫は〝林檎家〟を維持するための政略結婚だったし、可哀想だけど私は愛していなかった。だけど、お父様は――お父様のことは――…!!」


 そこまで一気に喋ると、マリアは目を閉じて「ふー」と息を吐いた。


 冷静さを失いかけていると、自分で気づいたようだ。


「とにかく、あなたにお金を恵むことはできない」


 吐き捨てるように言うと、マリアは胸の谷間に指を入れた。そして、親指大の呼び鈴を取り出した。

 おそらく、使用人を呼びつけるためのものだ。


「勘違いなさらないでください。お金を恵んで欲しいのではなく、お借りしたいと申しているだけです」


「詐欺師はみんな同じことを言うわ」 


「詐欺かどうかは、もう少し話を聞いてからご判断いただきたい」


 マリアは俺に取り合わず、呼び鈴を掲げた。

 あの鈴がわずかでも音を立てれば、きっとルクレツィアが飛んでくるだろう。

 抜き身のロングソードを手にして。


「大麦です」


 マリアはピタリと動きを止めた。ここが正念場だ。


「俺は借りたお金で、大麦を買い付けるつもりです」


 マリアは訝しげに俺を見る。


「麦を?」


「ええ! マリア様はご承知でしょうが、林檎半島ではエールの醸造に〝菖蒲家〟の領地で取れた麦を使っています――」


 俺はひざまずいた姿勢のまま、マリアのほうに一歩にじり寄った。

 そして小声で事情を話した。


 菖蒲家がおそらく資金難であること。

 麦問屋が現金取引を求めていること。

 そのせいで、酒場がエールを作れないこと。

 そして何より、春の〝大市〟ではエールが売れるであろうこと。


 マリアは呼び鈴を持った手を下ろす。


「なるほど、たしかに〝大市〟には何万人も集まる。エールを作れば、作った分だけ売れるでしょうね」


「分かっていただけましたか!」


「でも、なぜその話を私にしたの? あなたにお金を渡さなくても、私が直接、酒場の亭主に融資すれば大儲けできる」


「いいえ、マリア様。あなたにそれはできない」


 俺は断言した。


「エールで儲けたければ、あなたは俺の共犯になるしかない」


「共犯、ねえ……?」


 彼女もきっと理解しているはずだ。

 俺を試しているのだ。


「マリア様ご自身が認めた通り、〝林檎家〟の財政は商工ギルドからの税によって支えられているのでしょう? 町の商人の誰か一人を贔屓したら、ギルドに属する他の商人たちから顰蹙を買うはずです。そうでなくとも、『俺にもカネを貸せ』という商人が殺到してしまう」


「……」


 マリアは値踏みするような目で、俺を見つめる。


 俺は続けた。


「ところが、俺はカネの出どころを明かすつもりはない」


 明かしてもメリットが無いからだ。


「もしも俺が『マリア様から融資を受けた』と漏らしても、地元の商人たちは誰も信じないでしょう。なにしろ、よそ者ですからね。それどころか、よそ者である俺が、マリア様の悪評を流して陥れようとしている……とさえ判断するかもしれません。したがって、俺はこのネタであなたを強請ることもできない」


「つまり、わたしは六週間ただ座っているだけで一万ゴールドの利子を受け取れるし――」


「――俺はエールを売って大儲けできる、というわけです」


 誰も損しない取引だ。


「とはいえ、四十万ゴールドは大金です」


「おっしゃる通り」


 三万ゴールドもあれば、大人一人が一年間暮らしていける。

 年収十万ゴールドもあれば、かなり良い暮らしができる。


「でしたら三十万ゴールドでいかがでしょう? 利子は据え置きの一万ゴールドのままで構いません。六週間後、三十一万ゴールドに増やしてお返しいたします」


「よほど儲ける自信があるようね。でも、お気をつけなさい? あまり雑に数字を変えると信用を失うわ」


「ごもっともです。とはいえ、俺にはまだ〝切り札〟が残っています」


「切り札?」


 俺は立ち上がった。

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