銀髪女騎士(ややポンコツ)が登場します
「俺たちの目的地は〝林檎家〟――。この林檎半島を治める領主の城だ」
「この土地では、大麦はそんなに取れないんでしょう? 領主様に大麦を融通してもらうのは難しいのでは?」
「だが〝林檎家〟は、もっと大切なものを持っている」
「もっと大切なもの? ……って、何ですかこれ! ただの油じゃないですか!!」
瓶の中身を口に含んで、アルパヌは「げえっ」という顔をした。
「こぼすなよ? あと、三口(みくち)は飲んでおけ」
「そりゃあ、飲めとおっしゃるなら飲みますけど……。変なえぐみがあって最悪です」
文句を言いつつも、彼女は素直にごくごくと油を飲んだ。
勇者のパーティと同行するために用意した常備薬の一つだった。
「これくらいでいいですか? うう、まずい……。まったく、これはいったい何の油です?」
「ひまし油だ」
「……はい?」
「腸を刺激して軟便を出す効果がある。要するに下剤だな。効果を高めるために特別な薬草を漬け込んである」
「なっ――」
アルパヌはみるみるうちに青ざめた。
「何てものを飲ませてくれたんですか!?」
「だから言っただろう、お前にも役に立ってもらうと。ちなみに、そのドレスは借り物だ。絶対に汚すなよ?」
「ボクのお腹が緩くなると何の役に立つって言うんですかぁ!!」
「もうすぐ分かる。ほら、あそこを見ろ。あれが〝林檎家〟の城だ」
林檎半島はさして広くない。
先端の岬から、半島の付け根まで、大人の足なら三刻(さんじかん)ほどで踏破できる。
半島の幅は、その半分程度だ。
そして半島のつけ根近く、小高い丘の上に、小さな石造りの城があった。
半島から王都に続く街道を見下ろす位置だ。
丘の斜面は落葉樹の森で、目に沁みるような新緑に包まれていた。
「ご主人の人でなし! 鬼! 悪魔! うわーん!!」
「どっちかと言えば悪魔はお前だろ?」
半分はサキュバスだし。
城に続く坂道を、馬車はゆっくりと登り始めた。
◆
文字通り、門前払いだった。
「目的は何だ、曲者め! 返答次第では叩き切る!!」
そう息巻くのは、十八歳ほどの少女。
全身をプレートメイルで覆い、ロングソードを俺に突きつけている。
その切っ先と同じくらい眩しい銀髪を、頭の後ろでひとつにまとめていた。
背はすらりと高く、たぶん俺と同じくらいある。
そして豊満な乳房を持つことが(驚くべきことに)鎧の上からでも分かった。
板金職人の腕前に拍手を送りたい。
「ですから申し上げました通り、俺はオティウム・ルーデンス。林檎半島の〝翼獅子の港〟の町で、新たに事業を始めようとしている者です」
俺は彼女の前でひざまずき、にこやかに笑った。
相手はふんっと鼻を鳴らす。
「商人風情が何の用だ?」
「本日は〝林檎家〟のご当主であらせられるマリア・グランデ=メーラ様が昼食会を開いていらっしゃると耳に挟みましたもので。……ぜひお目通りいただき、開業の許可を賜りたく存じまして、馳せ参じた次第です」
俺たちは城門の前にいた。
城門からは短い跳ね橋が伸びている。
今、橋は降ろされており、分厚い樫材の扉は開け放たれていた。
城の中庭からは楽しげな談笑とヴァイオリンの音色が聞こえてくる。
鎧の銀髪少女は、訝しげに眉を顰めた。
「商売など勝手に始めればよかろう。招待状を持たぬ者を、昼食会に参加させるわけにはいかん」
「招待状が必要であることは、重々承知しておりました」
「だったら――」
「失礼ながら……。貴女は〝林檎家〟の騎士団長であらせられる、ルクレツィア・フェデルタ様では?」
「いかにも。フェデルタ家が長女ルクレツィアとは私のことだ。マリア様の身をお守りすることが私の務め。小娘だと思って舐めた態度を取ると、痛い目を見るぞ」
「舐めた態度など、とんでもない! 三十路そこそこで団長の座に収まるとは――」
「三十路ぃ!? 私はまだ十九歳だ!!」
ルクレツィアは剣を振り上げる。俺は目を丸くして、驚いてみせた。
「おおっ、失礼をどうかお許しください! その貫禄ある落ち着いた態度を見て、すっかり成熟した大人の女性であらせられると勘違いしてしまったのです」
もちろん嘘である。
〝林檎家〟の騎士団長の年齢は、とっくの昔に調査済みだった。
誰かを傷つけたり騙すための嘘は、俺の主義ではない。
だが、相手を喜ばせるための嘘なら話が変わる。
「お、大人の女性? うーむ……そうか、そう見えるか……?」
彼女は剣を下ろすと、頬を掻きながらチラチラと俺を見た。
酒場にはありとあらゆる情報が集まってくる。
騎士団長が自分の若さを気にしており、配下の人々から舐められることを恐れている……なんて情報までも。
ここまでの彼女の反応は、俺の計算通りだ。
俺は作戦を第二段階に進めた。
「年齢をうかがって、合点がいきました。俺のような身分の者が言うべきセリフではありませんが、たしかに若くお美しい顔(かんばせ)をお持ちだ」
俺は微笑む。
「無礼ついでに申し上げますが……。あなたのお美しさには、王都の人気舞台女優も裸足で逃げ出すでしょう。あなたが歩けば日陰すら日向さながらに明るくなり、草花は蕾を開き、死の床についた病人でさえ、あなたのお姿を目にしただけで起き上がるはず――」
我ながら歯の浮くようなセリフを並べ立てる。
誰かを褒め殺しにする時のコツは、心から自分のセリフを信じることだ。
情報によれば、ルクレツィアに男兄弟はいない。
俺の推測が正しければ、彼女は幼い頃から武術を叩き込まれて、女らしい扱いには慣れていないはずだ。
さて、効果のほどは……?
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