肝心なのは入念な計画と下準備ってわけ

 アルパヌは子供のようにはしゃいだ。


「わー、ご主人! このドレス、とっても可愛いです!!」


 仕立て屋から出てすぐの場所で、アルパヌはくるくると回る。

 スカートがふわりと広がった。


 俺たちは町の広場にいた。

 広場は二〜三階建ての石造建築に囲まれている。

 この辺りの地域では石材のほうが安いため、木造の家屋は珍しい。

 とはいえ、石材の欠点は重いことである。

 上階の重量を支えるために、どの建物も一階部分の開口部にはアーチ状に石が積まれていた。

 一歩下がって広場を眺めると、半円形の構造がずらりと並んでおり、まるで古代の水道橋に四方を囲まれているかのような景観だ。


「ひらひらふわふわで、レースもたっぷり使われていて……。こんなにおめかししたのは生まれて初めてです!」


「あまり暴れて汚すなよ? 借りものだぞ」


 広場は舗装されておらず、土が剝き出しだ。

 今はしっとりと固まっているが、雨が降ったら最悪だろう。


「わかってますよ~♪」


 全然分かっていなさそうだ。

 俺は小さくため息をつく。


「というか言ったはずだ。俺に対して幻術を使うな」


「はて? 幻術? 使っていませんが……?」


 俺はちょっと驚いた。


「そ、そうか……。化粧と髪を結っただけで、ずいぶん印象が変わるもんだな」


「ムフフ」とアルパヌは笑う。「さてはご主人、ボクの魅力に気づいたようですね?」


「バカ言え。とはいえ、たしかに腹が立つほど似合っている」


「ボクとしては腹よりも別の場所を勃てていただきたいのですが」


「なんつーか、馬子にも衣裳だな」


「ま、孫!? またボクをガキ扱いしましたね!!」


 アルパヌはキーキーと文句を並べるが、俺は取り合わずに頭上を見た。

 広場の北側には石造りの教会があり、その外壁には日時計が設けられている。

 壁から突き出した棒の落とす影で、時刻が分かる仕組みだ。


 正午になろうとしていた。


「さてと、そろそろ来るはずだが――」


 俺が言い切るよりも先に、広場の角から四頭立ての馬車が現れた。


 カポカポと心地よい音を鳴らしつつ、馬車は俺たちの前で停まった。



   ◆


 馬車に乗るなり、アルパヌは「ふふん」と得意げな表情を浮かべた。


「ご主人、ボクにも見えてきましたよ」


「何が?」


「ご主人の計画が、です!」


 自信満々にアルパヌは続ける。


「酒場の店主さんが大麦を入手できないのは、〝菖蒲家〟の領主さまが現金での支払いを求めているから。そして、ご主人は〝菖蒲家〟と繋がりがある――。ならば、答えは簡単です! 今から〝菖蒲家〟のお城に行って、大麦を融通してもらえるように頼むのでしょう?」


「わりとイイ線いってる」


「そうでしょう、そうでしょう!」とアルパヌはうなずく。「それにしても、ご主人の口の上手さには舌を巻きました。仕立て屋さんをあっという間に言いくるめて、このドレスを借りてしまうなんて!」


「運が良かっただけだ。たまたまサイズの近い見本があった」


「それにしたって、丈直しと髪結いとお化粧までやらせるのは常軌を逸した口の上手さですよ。この馬車も、ボクが仕立て屋のお世話になっている間に借りてきたのでしょう?」


「まあな。こっちは無料(タダ)ってわけにはいかなかった。将来の支払いに二〇〇ゴールド追加だ」


「ぐっ! また負債が増えたのですね……?」


 アルパヌは一瞬、苦々しい表情を浮かべた。

 だが、すぐに切り替える。


「それでも、大麦を入手できれば問題解決ですね! エールの販売でたんまりと儲かるはずですから」


「そう願いたいね。もしも〝大市〟でエールが売れなければ打つ手がない。さすがに〝詰み〟だ」


「いずれにせよ、大麦が手に入らなければ始まりません。ご主人の口の上手さで〝菖蒲家〟の皆さんを説得しちゃいましょう!」


「残念だが、それはできない」


「……へ?」


「俺は名も無き〝遊び人〟だ。〝菖蒲家〟との繋がりなどない」


「ええええーーーーー!?」


「だからデカい声を出すなって」


「大きい声も出ちゃいますよ!! だったら、この剣は何なのですか!?」


 アルパヌは手を伸ばして、俺の上着越しに剣の柄に触れる。


「竜王との戦争の前線で、戦死した兵士からもらったんだ」


「まさか死体から剥ぎ取ったんですか!?」


「滅多なことを言うな!!」


 なぜみんな同じことを疑うのだろう?

 俺ほど正義感に篤い男はそういないのに。

 死体を辱めるわけがない。


「とはいえ、〝菖蒲家〟の人間にもそう疑われるだろうな。この剣の持ち主は、遠方から連れてこられた農奴の青年だった。ちょっとした戦功をあげて、剣を一本与えられただけだ。貴族連中は彼の名前すら訊こうとしなかった」


「でもでも! 菖蒲家の偉い人も『農奴に剣を与えたこと』くらいは覚えているのでは?」


「いいや、誰も覚えていない」


「なぜ断言できるんです?」


「死んだからだ。あの戦場にいた者は、一人残らず」


 俺たち勇者のパーティを除いて。


 あの地獄のような光景が脳裏にフラッシュバックして、俺は少しだけ押し黙った。


「ご主人……」


 アルパヌも痛ましそうな顔を浮かべる。


「……やっぱり作り話がお得意ですね」


「はあ!? 作り話だと? さすがに怒るぞ!!」


「竜王との戦争が凄惨を極めたという噂はボクも聞いています。が、ただの〝遊び人〟でいらっしゃるご主人が、そんな過酷な戦いを生き残れるはずありません!」


「お前も見ていただろう? 俺がパーティから追放されるところを!!」


「たしかにご主人の旅のお仲間だった方々には会いましたし、その中に〝勇者〟を名乗る人がいたことも覚えています」


「だったら――」


「ですが、竜王を倒した真の英雄であられる勇者様が、あんな子供じみた喧嘩をするはずがありません!」


「残念ながら、するんだよ」


「あれは竜王を倒した〝勇者〟とは別人の誰かなのではないですか? 職業が同じ〝勇者〟というだけで」


「そうであればどれほど良かったか……」


「ご主人の過去は知りませんが、ご主人がどういうお方なのかは理解しましたよ! 弁舌爽やかに喋りまくって、火のないところに狼煙を上げるタイプです。針小棒大どころか、針一本を百万本の丸太にするタイプ」


「つまり、俺の『竜王を倒した』という話も、狼煙や丸太みたいなものだと?」


「作り話ではないと信じるほうが難しいですよ! ご主人とちょっとでも一緒にいれば、徹底的に働きたがらないし汗をかきたがらない人なのだと分かります。そんなご主人が竜王討伐に向かうはずがありません!」


 俺は言い返す気も失って、肩をすくめた。


 そして座席の足元に下ろしていた背嚢を漁り、ガラスの小瓶を取り出した。


「まあいい。目的地に着く前に、これを飲んでおけ」


「ややっ! お昼ご飯ですか?」


「ご飯とは呼べないが……。多少は腹が膨れるだろう」


 コルク栓を抜いて瓶を渡すと、アルパヌは「わーい」と喜んだ。


「それで、目的地とは?」

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