執念!働かないを諦めない!!(第1幕・完)
「だから、大麦だよ。無いと困るんだろう?」
酒場の店主は、ポリポリと頭を掻く。
「そりゃまあ、そうですが……。何とかするですって? お兄さんが?」
「こう見えて、俺は王都の出身だ。菖蒲家の面々とも多少は繋がりを持っていてね」
俺は上着の裾を捲り、剣の柄をチラリと見せた。
「ほら、この短刀には菖蒲家の紋章が刻まれているだろう?」
竜王討伐の旅の途中で、戦死した兵士から頂戴したものだ。
「そ、そんなご身分の高い方だったとは! そうとも知らず大変な失礼を……」
頭を下げようとする亭主を、俺は慌てて止めた。
「いいや、俺も身分はただの平民さ。商売の心得が多少あるだけでね」
「そうは言っても、貴族から剣を贈られるほどの大商人でいらっしゃるのでしょう!?」
「はわわ~! まさかご主人がそんなお立場だったとは~~~!!」
俺は静かに微笑んで、否定も肯定もしなかった。
相手が勝手に勘違いしてくれるなら都合がいい。
無理に嘘を重ねれば、それだけボロが出やすくなる。
亭主は続けた。
「昨晩は、あの船乗りたちに大負けしていたようですが?」
「大負け? あれが?」
これも嘘はついていない。
「大負け」と呼ぶかどうかは主観的な判断であり、人によって違う。
俺のように生きているだけで丸儲けだと考えている人間ならば、全財産を失っても痛くも痒くもない。
「なるほど……たしかに王都の大商人ともなれば、あの程度の金額は端金でしょうな」
「ボクは素晴らしいご主人に拾われたのかもしれませんねえ……えへへ……」
ハーフサキュバスが擦り寄ってくる。
尖った尻尾の先で、俺の頬をツンツンとつついた。
前言撤回。全財産を失っても痛くはないが、ちょっと痒いかもしれない。
俺は話を盛ることにした。
「この林檎半島までやって来たのは、他でもない。新しい事業を起こすためだ」
「では、こんな汚い酒場で賭博に興じていたのは――」
「何か商売のタネになりそうな儲け話が転がっていないか、調べに来たのさ。ついでに、汚い酒場ってのは謙遜しすぎだ。質素だけど清潔で、俺は好きだね」
亭主はまんざらでもなさそうな顔をした。
「お褒めの言葉をいただいて恐縮ですが……。しかし、儲け話? この小さな漁港で?」
俺は醸造小屋の床を指差す。
「転がっているじゃないか! 今、ここに!」
「!!」
「二週間後には〝春の大市〟が始まるんだろう? あんたのエールは飛ぶように売れるんだろう? だったら、俺にも一枚噛ませて欲しい!」
「私と一緒にエールを売りたい、と?」
「そういうことだ! 原料の大麦は、俺が何とかする。だから、あんたには最高のエールを醸してもらいたい」
亭主はそわそわと体を揺らし、自分の指をいじった。
「大変ありがたいお申し出です。あなたのような方に力をお借りできるなら心強い。ですが――」
そして上目遣いで俺を見る。
「分け前はどうしましょう? あなたが大麦を入手できたとしても、作るのは私です。それにこの店は〝大市〟での売上がなくても、なんとかやっていけます。五分五分ってわけには――」
「おっと、そう慌てんなって」
俺は笑う。
「分け前の話は、実際に大麦の目処がついてから話そう。代わりに、亭主さんには頼みたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「おおっ、ご主人! ついにエール代のことを打ち明けるのですね!」
「まず、部屋を貸して欲しい」
「ええーっ! ご主人!? 家賃はどうするんです!?」
ひっくり返りそうになる奴隷少女を無視して、俺は続けた。
「どんな町で商売を始めようと、まずは拠点となる寝床が必要だ。亭主さんに力を貸してもらえるとありがたい」
「もちろん喜んで! 酒場併設の小さな宿ですから、一番いい部屋でも月に三〇〇〇ゴールドほどでご提供できます」
「屋根裏部屋は?」
「へ?」
「あんたも経営者なら分かるだろう? 固定費はできるだけ安く抑えたい」
「し、しかし、屋根裏なんて……。王都の方がお泊りになるような場所ではありませんよ?」
「承知の上さ。月に一五〇ゴールドでどうだろう?」
亭主は腕を組んで考え込む。
「二〇〇ゴールド……では取り過ぎでしょうなぁ。屋根裏ですからなぁ……」
「一六〇」
「一八〇でいかがでしょう」
「一七〇」
亭主は腕をほどく。
「いいでしょう。それでは、月一七〇ゴールドで屋根裏をお貸しいたします」
「感謝するよ。家賃の支払いは月末で構わないかな? 今月分は日割りで計算しよう。ただ――」
俺は表情を変えて、心底申し訳なさそうな顔を作る。
「亭主さんには謝らなければならない。この町での開業資金は、まだ手元にないんだ」
「手元にない……。つまり、王都から輸送中でいらっしゃる?」
「まあ、そんなところだ。申し訳ないけど、敷金は最初の家賃と一緒に支払いたいんだが――」
「ええ、ええ! 構いませんとも! 王都から林檎半島までの街道には野盗が多いですからね。資金の移動に時間がかかるのも無理ありません」
俺の隣では、少女(※二十六歳)が目を白黒させていた。
「ご主人がこんなお金持ちだったなんて……エールの代金にも困っていたのに……」
幸運にも、酒場の亭主は彼女のつぶやきを気に留めなかった。
俺との賃貸契約で頭がいっぱいだったのだろう。
「ではさっそく、公証人を呼んで契約書を巻きましょう。申し遅れましたが、わたくしエミリアーノ・ボッテと申します。……あなた様のお名前をうかがっても?」
「俺はルーデンス。オティウム・ルーデンスだ」
「ボクはアルパヌです! ご主人の奴隷です!」
訊かれてもいないのに、アルパヌは元気に自己紹介した。
正体を詮索されても疑われないよう、俺は言葉を足しておく。
「ちなみに王都では、俺は〝遊び人〟と呼ばれていた。酒場や賭場に入り浸っていたからね」
「やはり昨晩のように、新規事業のために?」
「ご想像にお任せするよ」
バレたらヤバい情報は、先に出し切ってしまったほうがいい。
もしも亭主が王都の知人・友人に俺のことを聞いても、すぐに俺の正体がバレることはないだろう。
亭主は俺のことを王都の商人だと勘違いしたが、俺が自分から職業を偽ったわけではない。
つまり、これは詐欺ではない。
それどころか、俺の計画ではこの亭主にもたんまりと儲けてもらうつもりだ。
何も知らないまま、亭主は楽しげに笑った。
「なるほど、遊ぶこともお好きなようだ。ときには息抜きも必要ですからな」
「いいや、息抜きにはならない。俺は遊びに真剣だ――。ところで、迷惑ついでにもう一つお願いがあるんだけど」
俺は空になったジョッキを掲げた。
「このエールの代金も、次回の家賃と一緒に支払っていいかな?」
「もちろんですとも! たったの八ゴールド、お支払いはいつでも構いませんよ」
俺の完全勝利だった。
◆
こうして、俺の新たな旅が始まった。
働かずに生きていきたいし、できれば遊んで暮らしたい――。
誰もが抱く欲望に、俺はいつでも忠実だ。
パーティの〝窓際族〟と笑われても、持ち前の口の上手さで誤魔化してきた。
運と愛想さえ良ければ、人生どうにでもなると思っている。
まさか追放なんてくだらないオチで、俺が諦めるわけがない。
夢を叶えるための旅の再開だ。
~~~~第1幕「踊る翼獅子亭」〈完〉~~~~
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