好転!金儲けのニオイがする!!


 八の字のひげを撫で付けながら、亭主は言った。


「だから言ったでしょう? 〝大市〟のために仕込んだ酒だった、と」


「ご主人〜。〝大市〟って何のことです?」


「この林檎半島は王国の西端だ。西の海からやってくる貿易船の中継地として、悪くない立地なんだよ。だから昨日の晩みたいに船乗りがしばしば訪れる。そして年に二回、春と秋に〝大市〟が開かれる。……そうだよな、亭主さん」


「その通り。この〝翼獅子の港〟は、普段は岩牡蠣と痩せたニシンくらいしか獲れない小さな漁港です。しかし、〝大市〟の開かれるひと月の間だけは、まるで世界の中心のような賑わいになる。お兄さんも参加したことがおありで?」


「いいや、話に聞いているだけだ。ぜひとも見物してみたいね」


 なぜなら俺は〝遊び人〟、お祭り騒ぎは大好きだ。


「なるほど、これだけデカい仕込み桶が必要になるわけだ。それほど人が集まるなら、さぞかしエールが売れるだろうな?」


「ええ。普段の倍の値段でも、飛ぶように売れます。〝大市〟に集まってくる連中は、どいつもこいつも財布の紐が緩んでいますから」


 遊び人としての俺の直感が囁いている。これはカネの匂いがする!


 亭主の懐に潜り込むため、俺はこの話題を深掘りすることにした。


「だったらボヤボヤしている暇はないだろう? さっさと〝大市〟に向けて、新しいエールを仕込まないと!」


「それができたら苦労しませんよ」


「何か問題が?」


 忌々しそうに、亭主は言った。 


「原料の大麦が入ってこないんです」


 俺は首を傾げる。


「そいつはおかしいな。去年はとくに不作ってわけじゃなかった。どの地域も平年通りの麦を収穫できたと聞いているぜ」


 酒場に入り浸ることの利点は、こういう世の中の情報に詳しくなれることだ。


 亭主は、肩をすくめる。


「よそ者のお兄さんは知らないでしょうが、この林檎半島では麦がほとんど育ちません。農民たちが自分で食べる分と、領主である〝林檎家〟の皆さんの腹を満たすだけで精一杯だ」


「それならエールの原料は?」


「お隣の〝菖蒲(あやめ)家〟の領地で収穫されたものを買っております」


「ああ、なるほど。〝菖蒲家〟といえば――」


 俺にも少しずつ事情が見えてきた。


「――さては麦問屋から、『現金で麦を買え』と言われてるんだな?」


「その通りです。理解の早いお兄さんだ」


「ボクにはまったく話が見えないのですが?」


「奴隷にゃカンケーない話だよ」


「いいえ、関係あります! ボクはご主人のことなら何でも知っていなければなりません。ご主人がボクをお腹いっぱいにしてくれるかどうか、ボクには奴隷として知る権利があります!」


「何だよ奴隷の権利って」


「いいんですか? ボクの質問に答えてくれないと、ご主人の所持金のことを――ぴゃぁぁあ!!」


 俺が尻尾を引っ張ると、彼女は沸騰したヤカンのような声をあげた。

 どうやらここが弱点らしい。


「ったく、やかましいな! 〝菖蒲家〟ってのは、この王国の領主たちの中でも武闘派で知られる貴族だよ。三年に及ぶ〝竜王の国〟への遠征では、大量の武器と兵士を仕立てて前線で戦っていた」


 竜王の国との戦争は、百年前に端を発する。

 三年前から始まった〝大遠征〟により、ついに終止符が打たれた。

 俺たちのパーティも、菖蒲家の軍には何度も協力してもらった。


「武器と兵士を戦地に送った――。これが何を意味するか分かるか?」


「はて?」


「菖蒲家は今、火の車ってことだ」


「火事なんですか?」


「比喩表現だよ。武器にも兵士にもカネがかかる。蓄財だけでは当然足りず、方々から借りてくることになる。今の菖蒲家は資金繰りであっぷあっぷしているはずだ」


「菖蒲家さんがお金に困っていることは分かりました。でも、それがどーしてエールの原料不足に繋がるんです?」


「領主の扱う麦の量は膨大だし、領主自身が商売に明るいわけでもない。だから普通は問屋に麦の販売を任せている。問屋はまず麦を受け取り、それを売り、売り上げたカネの一部を領主に後払いしている。いわゆる〝掛け取引〟ってやつだ。問屋から見れば、麦を〝ツケ〟で買っていることになる」


「なるほどー?」


「麦を〝ツケ〟で購入しているのは、麦問屋だけじゃない。ここにいる店主のような大口の得意先は、大抵、料金は後払いしているはずだ。そうだよな?」


 亭主はうなずいた。


「〝大市〟でエールを売れば、莫大な現金が手元に残ります。問屋への支払いにも苦労しないはずだったのです」


「ところが、だ」


 俺が亭主の説明を引き継いだ。


「資金繰りに困った菖蒲家は、おそらく麦問屋に現金払いを要求したはずだ。すると今度は、麦問屋が現金不足に苦むことになる。エール醸造家のような大口の取引先にも、先払いを要求せざるをえなくなる」


「勘弁して欲しいですね! ここにある四つの桶をもろみで満たすほどの大麦ですぞ? そんな量の麦を一括で買えるほどの現金を、うちのような小さな酒場が持っているはずがありません! 〝大市〟での売上を見込んで一年間の資金繰りを計画していたんです。こうなると分かっていたら、多少は資金を貯めておいたのに……」


「店主の窮状はよく分かったよ」


「二杯目の酒を提供できなくて申し訳ありませんね」


 俺は自信満々に笑った。


「いいや、俺が何とかしよう」


「……はい?」

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