再燃!働かずに生きよう計画!!


「ともあれ半分は人間ですから、夢の中に入ったりすることもできません。物理的な肉体の制約を受けるんです」


「はぁ……なるほど?」


「ですが! ごく低級な幻術なら使えます!」


「じゃあ髪の色を変えたり、角や尻尾を隠していたのは――」


「ボクの幻術の成果ってわけです! あの姿のほうが、あの場所に居合わせた殿方には喜んでいただけるかと思いまして」


「本気で嫌がって悲鳴を上げていたじゃんか」


「あ、本気に見えましたか? ああいう演技を加えたほうが、あの手の殿方はお喜びになるんですよ。お褒めの言葉にあずかり恐縮です!」


「別に褒めてねえよ……」


 俺はズズズとエールをすする。酸っぱかった。


「あの男たちに犯されるのも、お前にとっちゃ食事みたいなもんだったわけ?」


 だとすれば、昨晩のできごとは徹頭徹尾、俺の一人相撲だったことになる。


「いいえ! 基本的には人間と同じ食事が必要です! ボクを養う上で一番大事なポイントですからね、絶対に忘れないで下さいよ、ご主人!」


「ええっと、つまり……」


 俺は声を落とす。


「セックスと食事のどちらでも栄養摂取できるってこと?」


「違います。両方必要です。セックスしなくても即死するわけではありませんが……。そうですね、人間でいう鉄分と同じくらいには必要です。長期間に渡って他者との粘膜接触を断っていると、そのうち貧血を起こします」


「粘膜接触」


「お口でシた場合でも〝精〟を吸収できるんですよ! 便利でしょう?」


 えっへん、と少女は胸を張る。


「めちゃくちゃ不便な体に思えるけどな……」


 俺は深々と溜息を漏らした。


「いずれにせよ、俺はお前を助ける必要は無かったってわけか……」


「いえいえ! ボクはご主人に感謝しているのですよ」


 ニコニコと微笑みながら、彼女は言った。


「どんなに栄養価が高いと言われても、ご主人はゴキブリを食べたいと思います? 生きるために必要だからと言って、腐りかけの残飯を食べたいですか? ハーフサキュバスという身の上でも、多少はグルメにこだわりたい。それが人情ってモノですよ」


 彼女の華奢な指先が、俺の太ももに触れた。


 熱っぽい吐息が、俺の耳にかかる。


 彼女の手がスルスルと俺の内股に忍び込んでくる。


「お相手がご主人なら、ボクは美味しくいただける――って、あれ? オカシイな。ご主人のここ、まったく元気がありませんが?」


「だぁーれが、てめえみたいな棒切れのように痩せたガキに欲情するもんかよ。俺はもっとたわわなお姉さんが好きなの」


「でしたらボクの幻術を使ってですね――」


「ガキが調子に乗るんじゃねえ」


「むう!」


 彼女は俺から離れると、腕を組んだ。


「さっきからガキ・ガキ・ガキって、失礼ですよ! いくらご主人といえども、奴隷に対する最低限の敬意を払っていただきたいですね!」


「なんだよ奴隷に対する敬意って……」


「いいですか? ハーフサキュバスは、普通の人間の倍くらい生きるんですよ?」


「え……」


 あやうく、手にしたジョッキを落とすところだった。


「つまりお前は、見た目だけなら十三歳くらいだけど――?」


「こう見えて、ボクは二十六歳です」


「俺と二歳しか違わないじゃん! てか、二十六歳で一人称が『ボク』は痛くない?」


 相手は何も言わず、俺の手からジョッキを奪った。


 そのままゴクゴクと残りを一気飲みする。


「あー! それ、俺の酒!!」


「ボクの『ボク』はボクのアイデンティティです! それを否定するなんてひどいです! これでおあいこですっ!!」


「ったく……」


 我ながら、ひどい買い物をしてしまったものだ。


 俺は酒場の奥に向かって叫んだ。


「亭主さん! 酒のお代わり!」


 耳元でハーフサキュバスが囁く。


(いいんですか? お金、無いんですよね?)


(奴隷が主人の心配をするな。つーか、カネがないのはお前のせいだ)


 たしかに一杯八ゴールドのエール代すら持っていないのは問題だ。

 急いでカネを稼ぐ方法を考えなければならない。


(ご主人が無銭飲食で捕まっちゃったら、ボクも困ります!! 明日からどうやって食べていけばいいんですか!?)


(だから心配すんなって!!)


 もちろん、俺は〝遊び人〟だ。まともに働くつもりなど毛頭ない。

 汗水垂らして労働するなんてまっぴらごめんだ。

 もちろん、コソ泥や詐欺は俺の趣味じゃない。

 カネを稼ぐならそれ以外の方法だ。


 俺はもう一度、声を張り上げた。


「亭主さん、聞こえてます? 亭主さん! 亭主さん!?」


 返事の代わりに返ってきたのは、長い長いため息だった。




   ◆


 亭主から事情を聞いて、俺たちは声を漏らした。


「エールが一滴も残っていない?」


 俺と奴隷少女(※少女? 26歳で?)は、店の裏手に案内されていた。


 こういう宿が併設されたタイプの酒場では、大抵、エールを自家醸造している。

 この店も例外ではなく、裏庭には立派な醸造小屋が建てられていた。


 小屋に入って驚いたのは、その桶の大きさだ。

 直径は俺が両手を広げたよりも大きく、深さは並の大人の背丈よりもずっと深い。

 そんな木桶が、四つも並んでいた。


「あんたらも悪いんですぞ?」


 桶の表面を手で叩きつつ、亭主は答えた。

 ぽっこりとお腹の出た、太った男だ。

 贅肉のせいで正確な年齢は分からないが、四十路は超えているだろう。

 口髭を油で八の字に固めている。


「塩っ辛い船乗りどもに見境なく飲まれてしまうとは災難でしたよ。二週間後の〝大市〟に備えて仕込んだ酒だったのに……。これじゃ商売上がったりです!」


 彼が桶を叩くたびに、ポンポンと心地よい音がした。

 中身が空だというのは本当らしい。


「俺をあのアホな水夫どもと一緒にしないでくれ。ていうか、ある意味では俺も被害者だ」


 俺は空になったジョッキを覗き込む。


「ったく、せっかく酒に酔いたい気分だったのに……」


「でもご主人! 考えようによってはこれで良かったのかもしれませんよ! むやみに罪を重ねる必要はありません」


「は? 罪?」


「そうです! 罪です! そもそもご主人は一杯目の代金八ゴールドを支払うお金すら――もがっ!?」


 空のジョッキを口元に押し付けて黙らせた。


「……? 代金がどうかしたのです?」


 亭主が怪訝そうな顔を浮かべる。俺はおどけて笑って見せた。


「いいや、こっちの話。それにしてもデカい木桶だ。この小さな町で、こんなに酒が売れんのか?」


 奴隷少女のお節介なセリフも、完全に的外れというわけではない。

 今の俺は一文無しであり、この亭主から無銭飲食を疑われたらゲームオーバー。

 上手く言いくるめることに成功すれば勝利、という状況である。


 この程度の窮地を乗り越えられないようでは、働かずに生きていくという夢が叶うはずもない。


 勝負に勝つための鉄則その一:汝の敵を知れ。


 まずはこの亭主のことを聞き出さなければ。

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