呆然!かくして俺は追放された!!
眼鏡の位置を直しつつ、魔術師が言った。
「そもそも私たちは、旅費なら別に困っていません。ここから先は王国の領内です。勇者さまの名前を出せば、どなたも喜んで衣食住を提供してくれるでしょう」
「魔術師の言う通りよ。あんたバカなの? お金の問題じゃないのよ」
「カネの問題じゃない? だったら――」
勇者は剣を下ろした。それを鞘に収めつつ、深々とため息をつく。
「分かってないな。僕たちは、もはや君を仲間だと思えないんだ」
「一緒に戦ってきたのに?」
「君はいつも手を抜いていただろう。バレていないとでも思っていたのか? 分からないなら、もっとハッキリと言ってやる。僕たちは、君が嫌いなんだよ」
勇者の言葉に、残りのメンバーがうんうんとうなずく。勇者は続けた。
「いつも口先だけ調子のいいことを言って、戦闘では役立たず。旅先では夜中に遊び歩くことしか考えていなかった。三年前、君の口車に載せられてパーティに加えてしまったけど……。今なら分かる。あれは間違いだった」
「……」
俺はうつむき、押し黙る。
「こんな結果になって、僕も残念だよ」
「……それだけか?」
「何が?」
「言いたいことは、それだけか……って訊いている」
勇者は肩をすくめた。
「君に言いたいことなら、あと百万語はある。でも、伝えるべきことは伝えた」
「言わせておけば好き勝手に言いやがって! 何が『追放』だよ、この高慢ちきなクソどもめ! てめえらなんか、こっちから願い下げだ! 縁が切れるなら清々するね!!」
もう二度とこいつらの顔など見たくない、という気分になっていた。
「こっちの事情も聞かないで、自分の都合で判断して――。さすがは我らがリーダーの勇者さまだ! ご立派だよ! 目の前でガキが犯されそうになっていたんだぞ? 年端もいかない金髪碧眼のガキが、男どもの慰みものになろうとしていたんだぞ!?」
僧侶が首をかしげる。
「何の話?」
「俺は何もしないほうが良かったのか? ガキの悲鳴を聞きながら大人しく座っているほうが『勇者のパーティの一員』として相応しかったのか?」
魔術師も首をかしげる。
「金髪碧眼? 誰のことですか?」
本当に見下げ果てた連中だ。
平民である俺のことをバカにしているだけでなく、奴隷に至ってはその姿すらまともに見ていないらしい。
「ああ、そこに奴隷がいるな」と感じるだけなのだろう。
目の前にいる少女の髪の色も、瞳の色も、上流階級である彼らの目には映っていないようだ。
「もしかして……」
盗賊が、ボソッと言った。
「……その〝魔族とのハーフ〟のこと?」
「魔族とのハーフ?」
今度は俺が首をかしげる番だった。
「お前ら、一体何の話をしているんだ?」
クソども四人は答えなかった。
代わりに無言で、俺の背後を指さす。
まさか――。
恐る恐る、俺は振り返った。
そこには賭場から連れ帰った、奴隷の少女がいた。
白い真麻の服も、手首と足首を繋ぐ鎖も、昨晩から変わらずそのままだった。
首筋に刻まれた刺青が、間違いなく俺の買った少女本人であることを示している。
だが、髪色はカラスの濡れ羽のような漆黒に変わっていた。
頭の両脇からは羊のような角が生えていた。
お尻から伸びる尻尾が、彼女の背後でぴょこぴょこと揺れていた。
「ご主人! 昨晩は大変ありがとうございました!!」
「え……」
「これからは誠心誠意、ご主人にお仕えいたしますっ!!」
子犬のような目をキラキラと光らせて、彼女は俺を見つめていた。
◆
ぬるいエールを俺はすすった。
「ハーフサキュバス?」
「その通り! ボクは夢魔の父親が人間の母親に生ませた子供なんですよー」
〝踊る翼獅子亭〟は、この港町に三軒しかない酒場の一つだ。
客は相変わらず俺たちだけで、うららかな午後の光が差し込んでいる。
昨夜はここで乱痴気騒ぎをしていた船乗りどもも、今はみんな海の上で、別の国に向かっているのだろう。
「夢魔の父親? それってインキュバスじゃないの?」
「サキュバスとインキュバスは同じものですよ! 相手の性別にあわせて、自分の姿を変えるんです!」
「じゃあ、お前も――」
「残念ながら、ボクは〝生やす〟ことはできませんねえ……」
「……生やすって、何を?」
眉をひそめつつ、俺は訊く。答えは聞かずとも分かっていた。
相手は満面の笑顔で答えた。
「決まってるじゃありませんか! おち●ち●です!!」
「大声で卑猥な単語を叫ぶんじゃありません! 公共の場所だぞ!?」
「公共と言ったって、他にお客さんはいないじゃありませんか」
「俺は社会常識の話をしているんだ!!」
「〝遊び人〟であらせられるご主人は、ご冗談もお得意なはず。そして冗談とは、社会常識を逸脱するからこそ可笑しいのでしょう? 常識に囚われるような人物では〝遊び人〟は務まらないのでは?」
「上手く逸脱するためには、社会常識に精通している必要があるんだよ。ていうか急に難しい話をするな!」
「精通!? ご主人も卑猥じゃないですか!!」
「発言を切り抜くなーーーッ!!」
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