情念!俺は働きたくない!!

「は……?」


 何を言われているのか理解するまでに、少し時間がかかった。


「はぁ!? まさか本気じゃないよな? 俺たちが旅してきた三年間は何だったんだ!?」


「悪いけど、僕は本気だ」


 勇者は俺から目を逸らさない。


「僕たちは、君と一緒に王都に戻るわけにはいかない」


「そんな……」


 俺は助けを求めるような気持ちで、盗賊を見た。


「な、なあ、盗賊さんよぉ……。あんたなら分かってくれるだろ? そうだ! 今日明日で一緒に何か仕事をしよう!」


 旅の途中、盗賊とは何度か組んで〝仕事〟をした。

 もちろん泥棒ではない。

 この盗賊は驚くほど手先が器用で、合鍵作りはもちろん、ちょっとした道具の修理などもお手の物だった。

 陰気な目つきのこいつに変わって俺が大道芸で客を呼び込み、そういう雑用で小銭を稼いだのだ。


「もちろん全財産を一気に取り戻すことはできないけれど、数日分の生活費くらいなら――」


「やめてくれ!」


「!?」


「悪いけど、オレも勇者に賛成だ」


「なん……だと……?」


「知っての通り、オレは没落貴族の生まれだ。かつては王家の近衛兵団を率いる一族だったのに、すっかり落ちぶれちまった。その末裔であるオレは、盗賊団の下っ端として錠前破りで生活する始末だった」


「そうだよ! あんたは平民である俺と同じで〝底辺〟を知っているだろ? だから――」


「一緒にしないでくれ!!」


 驚くほど大きな声で、盗賊は叫んだ。


「勇者様はチャンスをくれたんだ。最底辺まで落ちたオレに、やり直す機会をくれた。ご先祖様たちの名誉を挽回できるはずだった」


 盗賊はあざけるように笑った。


「なのに、これは何の冗談だ? 女が欲しくて旅費を使い果たした? そんなやつをパーティの仲間に加えていたなんて知られたら、たとえ爵位を取り戻しても国中の……いいや、世界中の笑い者だ。オレたちは不埒で不名誉な連中として、永遠に名前が残る! どうしようもないやつらだったと歴史書に記されてしまう!」


「だから、別に女が欲しかったわけじゃない」


 俺は女奴隷を助けたのだ。

 問題は、勇者たちにどうやってそれを納得させるかだ。


 盗賊は吐き捨てる。


「後世の史書作家の前で言ってくれよ」


「もちろん言ってやるさ! 後世の読者たちも、俺の話を聞けばきっと理解するはずだ。何しろ俺はこの女奴隷を――」


 再び、喉がちくっとする。


「お願いだ、喋らないでくれ」と勇者。「君のお喋りは危険すぎる」


「……」


 見れば、僧侶は錫杖(スタッフ)を掲げ、魔術師は短杖(ワンド)を構え、盗賊ですら短刀(ダガー)をいつでも投げつけられるように指先で挟んでいた。


 たかがお喋りだ。


 俺の舌を封じるために、そこまでするか?


「決まりだね」


 勇者がつぶやく。


「僕たちは君をパーティに加えなかったことにするよ。最初から、君はこの旅に参加していなかった――。いいね?」


「面白い冗談だ。だけど言わせてくれ――」


「いいや、言わせない」


 ――ちくっ!


 俺は言葉を奪われる。


「これは君にとっても悪くない話であるはずだ。君だって、不名誉な行為で歴史に名前を残したくないだろう? 第一、僕らは君に渡したカネを返せと請求してもいいんだ。それでも一度は旅を共にしたよしみだ。不問に付してあげよう」


「待ってくれ、俺の言い分を聞いてくれ。俺はこの女奴隷を助けようとしただけなんだ」


「そんな話を信じるとでも?」


「信じる信じないは問題じゃない。何しろこれは事実だから――」


 ちくっ!


「……!?」


 ちょっと深めに刺さったぞ!?

「ちくっ」を通り越して「ザクッ」に近い感触だった!!


 こうなっては、俺は黙るしかない。


 僧侶が「あーあ」と声を上げる。


「みじめね。しつこい男って本当に嫌い」


 魔術師が相槌を打つ。


「三年間の旅で、好きになれた時間は一秒足りともありませんでした……」


 俺は食い下がる。


「俺の話を聞けってば!!」


 王都に戻れば、竜王を倒した英雄になれるはずだ。

 富と名声に囲まれて、死ぬまで遊んで暮らせる。

 そのためなら、俺はどんなプライドでも捨てる覚悟だった。

 俺は〝遊び人〟だ。

 働かずに生きていくためなら、どんな屈辱にも耐えられる。


「たしかに現金は賭博でスッちまった。だけど、身ぐるみ剥がされたわけじゃないんだ!」


 女奴隷を売れば、カネは手に入る。

 だが、女奴隷を売ってカネを返すという提案はできない。

 それでは「女奴隷を助けた」という先ほどの発言と整合性が取れないからだ。


 奴隷以外で、カネになる財産といえば――?


 仕事をせずに暮らしていきたい一心で、俺は上着の裾をめくった。


 腰に下げた短刀の柄を叩く。


「何なら、この剣を質に入れてもいい! 高名な貴族の銘が刻まれた剣だ、きっと良い値が付くはずだ!」


 盗賊が冷たい目で俺を見る。


「お前の剣? 戦場の死体から剥ぎ取ったものだろう?」


「失敬な! わずかな期間だけど、この剣の持ち主とは友人になったんだ! 彼は戦死しちゃったけど……。今わの際に、俺にこの剣を託してくれたんだ」


「「「「だったらなおさら質に入れたらダメだろ!!」」」」


 パーティ全員から一斉にツッコミを食らった。

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