諦念!勇者よ諦めてくれ!!
勇者は大声でわめいたりしなかった。
「呆れたよ」
一言そう言って、冷たい目で俺を見つめるだけだった。
「つまり君は王都までの旅費をサイコロ賭博で吹き飛ばしたんだな? 女奴隷一匹のために、僕たちの全財産を費やしたんだな?」
町の教会に俺は戻ってきていた。
巡礼者用の宿坊には、五つのベッドが並んでいる。
天井近くの小さな窓から、暖かな朝日が差し込んでいた。
室内のホコリに反射して、白い光の筋が空中に描かれている。
俺はパーティーの仲間四人――勇者、僧侶、魔術師、盗賊――に取り囲まれていた。
俺は余裕たっぷりに、咳払いを一つ。おほん。
「まあ落ち着いて、俺の話を聞いてくれ」
こいつらと一緒に王都に戻れば、俺は世界を救った英雄の一員として歓迎されるはずだ。
地位と名誉、何よりも富を手に入れて、一生遊んで暮らしていける。
ここで彼らを怒らせるわけにはいかなかった。
とはいえ、相手は世間知らずなボンボンども。
適当に言いくるめるくらい造作もない。
たしかに俺は、静かにゲームを続けるために女奴隷を買った。
が、理由はどうあれ「女奴隷を助けた」のだ。
勇者パーティの一員として、誇るべき善行を果たしたわけだ。
この善行の部分を強調すれば、賭博でカネをスッたことくらい何だというのだ?
「これには深い事情があって――」
「喋らないでくれ」
勇者はピシャリと言った。かまわず俺は続ける。
「たしかに初めて遊ぶゲームだったけど、日付が変わる頃にはテーブルの上に金貨の山を作っていたんだ。見せてやりたかったよ、キラキラしてすごく綺麗でさ!」
重要なのは「女奴隷を助けた」という物語を強調すること。
そのためには、順を追って説明する必要がある。
「ところが相手が――」
「だから喋るなと言っているだろ!?」
ドンッ、と床を叩く音がした。
勇者が聖剣(ガルガーノ)の鞘尻を床に叩きつけたのだ。
彼の目には冷たい怒りが浮かんでいた。
「おいおい! そうマジになるなって――」
「……今は僕が喋る番だ。だから黙ってくれ」
「お前たちの怒りはもっともだ。だけど俺と同じ状況になったら、お前たちも同じことをしたはずだ。なんと言っても――」
ヒュッ、と風を切る音がした。
女奴隷を助けたというセリフを、俺は口にできなかった。
「……!?」
「これで黙る気になったか?」
勇者が聖剣を抜き、切っ先を俺の喉に突きつけていたからだ。
さすがは世界最強の男。剣を抜く動作すら目では追えなかった。
武術でも魔術でも、こいつには太刀打ちできない。
俺は苦笑する。
「えっと、その、仲間に剣を向けるのはどうかと……?」
喉仏の辺りがチクッとした。聖剣の先がちょっぴり刺さったのだ。
さすがの俺も、こうなっては黙るしかない。俺の顔から笑みが消えた。
「やっと静かになったな、遊び人……。君のお喋りにはうんざりしていたんだ。適当な言葉を並べて、こっちの心を揺さぶって、最後には自分の望みを叶えてしまう。君の弁舌は犯罪的だ」
「そりゃどうも」
「褒めていない。今だって、その女奴隷を買った理由をでっちあげようとしていたんだろ?」
マズい。こちらの狙いを読まれている。
喋ることさえできれば、単純バカの勇者など簡単に納得させられる。
女奴隷を助けるためには、全財産を使い果たしたことも仕方なかったのだ、と。
だが俺の舌は、喉元の聖剣で封じられてしまった。
「サイテー」
そう言い捨てたのは僧侶だ。
旅の最中も、ことあるごとに俺の行動に小言をつけてきた、いけ好かない女。
「これだから下半身に支配されてる男って嫌なの」
「下半身? 俺が!?」
僧侶は俺の背後を指差す。
「だってそうでしょ? その女奴隷とどうしてもヤリたくなっちゃったから、あたしたちの全財産をはたいて買ってきちゃったんでしょう?」
俺の背後には、金髪碧眼の奴隷少女が立っているはずだった。
剣を突きつけられているせいで、俺は振り返ることができない。
彼女がどんな表情で俺たちの会話を聞いているのか、想像するしかない。
「はー? ふざけんなし! 誰がこんなちんちくりんのガキとヤリたいもんか! 俺はもっと食べごろに成熟した、たわわなお姉さんが好きなの!」
「キモ……」
俺の必死の弁明にもかかわらず、僧侶は軽蔑の眼差しを濃くするだけだった。
「僧侶の言う通りです」
魔術師が口を開く。
彼女の声を聞くのはひさしぶりだ。
使い魔の黒猫やカエルとばかり会話している、ネクラな女。
「私と同じ部屋の空気で呼吸しないで欲しいです」
「呼吸するな……って、俺に死ねと?」
「死ぬ必要はありません。が、出ていって欲しいです。換気だけでは足りません」
俺は天井を仰ぐ。
「たしかに悪いのは俺だ。でも分かってくれ! いつも通り、財産を増やして帰ってくるつもりだったんだ! ただ、ちょっとした事故があって――」
魔術師がつぶやく。
「財産を増やして欲しいなんて、頼んでいません」
「頼まれなくても、君に貢献したかったんだよ、魔術師! 君がこのパーティーに加わったのは、出身地の魔術ギルドを『大学』として認めてもらうためだろ? 君のギルドでは、天候操作の魔法を研究しているんだろ? 立派な研究じゃないか! 一ゴールドでもいいから、俺もその研究の役に立ちたくて――」
「あなたの助力など不要です。竜王を倒した英雄として王都に戻れば、お金も名声も手に入ります。何よりも問題なのは、お金の稼ぎ方です」
僧侶がゆるゆると首を横に振る。
「賭博で財産を増やしていたなんて、パパには言えない……」
「魔術師は良いことを言ったよ」と勇者。「彼は、僕たちと同じ部屋で過ごすのにふさわしい存在じゃない。平民生まれの〝遊び人〟なんて、そもそもパーティに加えるべきじゃなかったんだ」
勇者は俺を見つめた。
「僕は、君をパーティから追放したい」
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