断念!今日はこのくらいにしておいてやる
眼帯の男はその様子を眺めて、ヘラヘラと笑う。
「あまり乱暴に扱って壊すなよ? 俺もまだ味見してねえんだから」
俺は声を荒らげた。
「ちょっと待てよ!」
居合わせた男たちが、一斉にこちらを見る。
「何か文句でも? お前もゲームを続けたいんだろう? そのためのカネを作っているだけだ」
「だからって、こんな年端もいかない子供を犯そうってのか!?」
男たちはゲラゲラと笑った。
「年端もいかないだとよ!」
「うちのカミさんが嫁に来たときは、もっと若かったぜ!」
俺は首を横に振る。
「見りゃ分かるだろ! 嫌がってるじゃねえか!」
「嫌がってるって……。相手は奴隷だぞ?」
「奴隷だろうとカンケーない! 俺は〝遊び人〟だ! 『セックスは楽しく合意の上で』がモットーだ」
男たちの笑いは嘲笑に変わった。
「てめえのモットーなんて知るかよ」
別の男が金貨を投げた。チャリン、と音を立ててテーブルの上に落ちる。
俺は唸るような声で言った。
「――分かった。だったら俺が買う」
「あ?」
「だから、この俺がその奴隷を買うって言ったんだ! 十六万ゴールド出そう」
野次馬たちは不満の声を上げる。
「んだと? そんなアホな話が――」
「いや待て」
彼らを制止したのは、またしても眼帯の男だった。
「二十万ゴールド」
「吹っかけすぎだ。十七万」
「十八万だ。これ以上はマケられない」
「乗った」
眼帯の男は十五万ゴールドを賭けてゲームを続けたいという。
そのカネを船乗りの仲間から集めようとしていた。
が、隣のテーブルで破廉恥な行為を働かれてはたまらない。
船乗りどもの代わりに俺が奴隷を買うことで、眼帯の男に資金を融通してやったわけだ。
お人好しだと笑われるだろうが、俺は静かにゲームを楽しみたいだけだ。
俺は手元の金貨の山を二つに分けると、大きいほうの塊をテーブルの反対側に押しやった。
それを受け取りつつ、眼帯の男はニヤニヤと笑う。
「いやあ、あんたは遊びの腕前こそピカイチかもしれないが、実際には気前のいいバカだな」
「勘違いすんな。俺はあのガキを買った。正当な対価を払っただけだ」
相手は肩をすくめる。
「いずれにせよ、これで準備は整った」
「ああ、ゲームの再開だ」
俺は二個のサイコロを指で挟み、顔の前に掲げた。
何も細工はしておらず、イカサマをするつもりもないと相手に伝える。
テーブルの上には、すでに三つのサイコロが転がっている。
出目から言って、こちらがやや不利。
眼帯の男は喜色を隠しきれず、口角が上がりっぱなしだ。
もう勝った気でいるのだろう。
あの顔から血の気が引いて、いずれ蒼白に変わっていく。
その様子を思い浮かべて、俺まで笑いそうになった。
〝遊び人〟の唯一にして最大の特徴は、豪運であることだ。
学のない水夫(こいつら)は知らないだろうが、ただ運が良いだけではない。
これは魔術の一種であり、集中力を高めれば――目を閉じて「成功するシーン」を脳内で何度も思い浮かべれば――その結果を現実のものにできる。
俺は魔術の専門家ではないので、魔法の力で現実を捻じ曲げているのか、それとも一種の未来予知なのかは分からない。
物心ついた頃には、ごく自然にできるようになっていた。
もちろん魔術のご多聞に漏れず、豪運の力も無料(タダ)ってわけじゃない。
この力を使うと体力を激しく消耗し、数日間はベッドから起き上がれなくなる。
それでも、背に腹は代えられない。
もはやサイコロの〝偏り〟を覚えるという小細工は使えないし、十五万ゴールドがかかっている。
この一振りで負けたら大損だ。
〝役〟の弱さにもよるが、倍率によっては俺の財産がすべて吹き飛ぶ。
それは、パーティの全財産が無くなることを意味していた。
絶対に負けるわけにはいかないのだ――。
「ああっ、やっぱりガマンできねえぜ!」
「いっ、いや! やめてくださ――!!」
大男がカチャカチャとベルトを外して、ズボンを下ろした。
巨大な体躯にお似合いの、立派なモノをお持ちだ。
「凶悪」と表現したくなるほどのサイズでそそり立っている。
周囲の男たちが「いいぞ!」「やっちまえ!」と囃し立てる。
「へへへ……。どうせならお前も楽しめよ! 天国見せてやるからよぉ!!」
「〜〜〜〜っ!!」
大男は丸太のような腕で、少女の股を無理やり開かせる。
少女の目尻には大粒の涙が浮かんでいた。
「――やめろっつってんだろうが!!」
俺は大声で叫んだ。思わず立ち上がっていた。
野次馬たちが、ピタリと動きを止める。
俺はたっぷりと時間をかけて、彼ら一人ひとりの顔を見回した。
「そのガキは、俺が買った。人のモンに勝手に手を出してんじゃねえぞ、クソども」
俺が本気で睨みつけると、男たちは小さく「ひっ」と息を漏らした。
大男のイチモツが、見る間にしなしなと萎えていく。
「な、何もそんな本気で怒ることねえじゃんか……。なあ?」
「そっ、そうだよ! 冗談が通じねえなあ……」
「奴隷一人に何ムキになってんだよ」
へへへ、と男たちは気まずそうに笑う。
「そんなに気に入ったなら、そのガキは連れていきな」
眼帯の男が呟いた。
「言われなくともそうするつもりだ」
「だが、残りのカネは置いていけ」
「……は?」
「取引は取引だ。俺はそのガキを売ったし、あんたは買った。だから、そいつを連れ帰ることは許してやる。だが、勝負の結果は守ってもらう」
俺は「ハッ」と笑った。
「一体何を言って――」
だがテーブルの上を見て、言葉に詰まった。
五個のサイコロが並んでいたからだ。
俺が振るはずだった二個のサイコロが――指の間に挟んで、全力の〝豪運〟を注ぎ込むつもりだったサイコロが――いつの間にか滑り落ちていた。
俺の出した目は〝一〟と〝三〟で、無役。
つまり、考えられる中で最も弱い目だった。
「いや、えっと、これは……」
竜王と対面したときでさえ、これほど心臓がキュッとなることはなかった。
というか、竜王戦のときは勇者たちに前線を任せて俺は適当に手を抜いていた。
俺は思わず、くちびるを噛む。口の中がカラカラに乾いていくのを感じた。
「何というか、えーっと……」
対面の男は、勝ち誇った顔で言った。
「あんた、さっき言ったよな? 『遊びを冒涜するな』って」
返す言葉もない。
「あんたが何を企んでいたのかは知らないが、結果は結果だ。受け入れてもらうぜ」
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