疑念!この少女は一体…!?
「俺たちの神聖な賭博を冒涜しやがって――」
「遊びを冒涜しているのはあんたたちだろ? 俺は正々堂々と戦った。その結果を暴力で捻じ曲げようってのは、さすがにダサいんじゃないの?」
「舐めやがってえ!!」
男は円月刀を振り上げる。白い刃に、ろうそくの光がきらりと反射した。
がさつそうな男だが、武器はよく手入れされている。
人間の首くらい簡単に切り飛ばせるだろう。
とはいえ、こちらは腐っても竜王討伐に成功したパーティの一員だ。
さてと、どうやって攻撃を防ごうか――。
男が剣を振り降ろすまでのわずかな瞬間、様々な行動パターンが俺の脳内を駆け巡る。
「そこまでにしろッ!!」
声を上げたのは、眼帯の男――俺と賭けて最後まで生き残った一人だった。
大男は剣を振り降ろしかけた姿勢で、ぴたりと固まった。
「は?」
「だから、やめろと言っているんだ」
「で、でもよぉ、掌帆長(ノストロモ)! こいつは――」
「いいや、こいつの言い分にも一理ある」
どうやら眼帯の男は、それなりに話が通じるらしい。
「俺たちは対等な条件で勝負をしていたし、『サイコロを覚えるべからず』なんてルールはなかった。今回はこいつが一枚上手だっただけだ」
野次馬たちがざわめく。眼帯の男は続けた。
「だが一つだけ、勘違いしているようだ」
「勘違い? 俺が?」
「お前は『今夜はもうお開きだ』と言ったな?」
「ああ、言った」
「でもな、俺はまだ終わりにするつもりはない」
眼帯の男は、サイコロの入ったカゴを引き寄せる。
「お前が勝てたのは、サイコロが選ばれてから賭ける金額を決めていたからだ。しかし次のゲームからは、賭け金を決めてからサイコロを選ぶ。もちろん、無作為に。この方法なら、お前のイカサマめいた観察眼は使えない」
「まあ、たしかに。より対等な勝負になるね。面白いじゃん」
「十五万ゴールドだ」
「何が?」
「次のゲームで、俺が賭ける額だよ。そこそこ強い〝役〟で勝てば、ここまでの勝負でお前が俺たちから巻き上げた三十万ゴールドを取り返せる」
俺は苦笑した。
「いいだろう、乗った。ただし、お前がその額を本当に出せるんだったらな」
「交渉成立だな」
相手は三個のサイコロを振り、二個のサイコロをこちらに投げて寄越した。
「振れよ。渡したものを返してもらうぜ」
俺はサイコロを受け止めるつつ、ニヤリと笑った。
「質問に答えろよ。お前は本当にカネを出せるのか?」
テーブルの上には金貨銀貨の山。
宝石をちりばめた指輪やネックレスも混ざっている。
どれも、この一晩での俺の戦果だ。
「見たところ、あんたにゃ財産は残っていなさそうだ。着古したシャツも、腰にぶら下げた剣も、二束三文がいいところ。十五万ゴールドにはとても届かない」
三万ゴールドあれば大人一人が一年間は生きていける。
十五万ゴールドあれば、健康な農馬が三頭は買える。
それほどの金額になる財産といえば――。
「ところが、残っているんだよ。とっておきの財産が」
眼帯の男はニターっと笑い返した。
歯茎が剥き出しになり、てんでバラバラな方向に生えている乱杭歯が露わになる。
一番若い少年水夫に向かって、眼帯の男は叫んだ。
「あいつを連れてこい!」
再び、野次馬たちがざわざわと声を交わした。
少年水夫が、酒場の奥へと飛び込んでいく。
「まさか、お前の財産って――」
貴金属でも宝石でも家畜でもない、十五万ゴールドの価値になる財産。
そんなもの、一つしかない。
「な、何の御用でしょうか……ご主人様……」
店の奥から連れてこられたのは、十代前半の少女だった。
真鍮のように眩しい金髪に、まるで猫のような緑色の瞳をしている。
真っ白な真麻の服は、奴隷が市場に並ぶときに着せられる服だ。
彼女が一歩進むごとに、手首と足首を繋ぐ鎖がチャリチャリと鳴った。
首筋には、やはり奴隷身分であることを示す刺青が彫られている。
「本当なら、こいつは林檎半島の領主に高値で売りつけるつもりだったんだがな」
「〝血染めのマリー〟に?」
「ああ。だがこうなった以上、仕方ない」
対面の男はニタニタと少女に笑いかけた。
「お前は今日から、俺の奴隷じゃない」
「……へ?」
「俺たち船乗りの〝共同所有〟にする」
野次馬たちが「おおっ」と声を上げた。
先ほどまで俺に剣を突きつけていた大男が、そわそわと口を開く。
「そ、それってつまり、このガキを俺たちが好きにしていい……ってこと!?」
「もちろんだ。ただし、俺にカネを払ったらな。このガキの所有者になりたいやつは、一人あたり五〇〇〇ゴールドを出して、こいつの所有権を俺から買え。所有者が三十人集まれば、賭け金の十五万ゴールドになる」
男たちは色めき立った。
「うっほぉ! たまんねえぜー!!」
大男は金貨を五枚、叩きつけるようにテーブルに出した。
そしてノシノシと奴隷少女に歩み寄った。
「ひっ!?」
少女は緑色の目にいっぱいの涙をためて、ガタガタと震えていた。
金糸のような髪の毛を、大男は乱暴に掴む。
「こっちに来い」
「い、痛いっ! やめてください! やだ! やめてったら!!」
少女はじたばたと身をよじるが、体格差は覆せない。
大男は、俺たちの隣のテーブルに少女を転がした。
皿やビールジョッキが床に落ちる。
野次馬たちも協力して、彼女の身を取り押さえる。
少女にできることは、もはや悲鳴を上げることだけだった。
「いやぁぁぁああ!」
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