専念!ゲームには集中しろ!!
そもそもパーティメンバーの中で、賭場に入り浸るのは俺だけだった。
俺のパーティは、勇者を筆頭に貴族生まれの毛並みの良い奴らばかり。
盗賊でさえ、没落貴族のボンボンだった。
平民の使うような汚い宿屋は嫌がり、情報収集のために酒場を訪れても、大して飲まずにさっさと店を出てしまう。
宿泊先といえば、もっぱら教会や修道院。
だからこそ、俺には〝窓際族〟というあだ名がついた。
屋根のある場所で寝泊まりするときには、いつも窓際のベッドを使っていたからだ。
窓際なら、戒律の厳しい尼院からも抜け出せるし、教会の表玄関が施錠された深夜に帰ってきても忍び込める。夜は遊び人の時間だ。
俺が賭場に足繁く通っていることを――そしてパーティの全財産を持ち出していることを――勇者たちは快く思っていなかったようだ。
だが、そこは〝おあいこ〟だろう。
俺以外のパーティメンバーは、金勘定に興味を示さなかった――というか、嫌がったのだ。
なぜなら魔導教会の教えでは「お金は汚いもの」とされているからだ。
金貨や銀貨を数えることを、貴族や王族たちは「みっともない」と見做している。
会計のような地味で退屈な作業は、俺のような貧乏人にお似合いだ……と勇者たちは考えていたわけだ。
ともあれ俺は連戦連勝することで、彼らを黙らせてきた。たとえ全財産を持ち歩いていても、カネを増やし続けている限り、文句を言われる筋合いはない。
二週間前、俺たちは〝竜王〟を討伐して世界を救った。
そして王国の玄関口である〝林檎半島〟に、ようやく戻ってきたところだった。
王都まで戻れば、俺たちは英雄として出迎えられるはずだった。
◆
カラカラ、カツン、と小さな音を立てて、サイコロの動きが止まった。
相手の出目は、俺よりも二段階ほど弱い〝役〟だった。
「ええいっ!! なぜ勝てない!?」
眼帯の船乗りは、握り拳でテーブルを叩く。
「分かってないみたいだな」
「なんだと?」
「見たところ、あんたはもう賭けられるカネを持っていない。今夜はお開きだ。だから、特別に教えてやる」
「……やはりイカサマを使ったのか?」
集まった男たちが――野次馬も含めて――一気に殺気立った。
腰に下げた円月刀に、一斉に手をかける。俺は「やれやれ」という気分で解説した。
「何度も言わせんな、あんたたちは遊びに対する真剣さが足りないんだよ。具体的に言えば、観察眼が足りない」
「観察だあ!?」
「そうだ」と、俺はサイコロの一つを手に取る。「あんたたちは鯨骨を削ったサイコロで遊んでいる。どんな器用な職人が作ったものだろうと、手彫りである以上、サイコロの出目には偏りがある。たとえばこのサイコロなら〝五〟が出やすい。そっちのサイコロは〝三〟だ」
男たちがゴクリとつばを飲む。
テーブルの上には、エールのジョッキや料理の皿と並んで、小さなカゴがあった。
カゴには二十個ほどのサイコロが放り込まれている。
「サイコロの出目に偏りがあること自体は、あんたたちも理解していたんだろう。ゲームに使うサイコロは五個だが、毎回違うサイコロをこのカゴから取り出して振っていた。出目の偏りを〝ならす〟ためだな。だが見たところ……誰一人として、個々のサイコロの『出やすい目』を覚えていなかった」
「馬鹿な!」
右隣の男が叫んだ。真っ先に有り金を使い果たして、勝負を降りたやつだ。
「お前は覚えたってのか? ここにあるサイコロの出やすい目を、すべて?」
「その通り」俺は指先でカゴをつつく。「最初の一時間で、すべてのサイコロの個性を把握した。あとは簡単だ。勝率の低いサイコロが選ばれた時には小さく賭けて、逆のときには賭け金を吊り上げればいい」
「あり得ない!」
左隣の男が叫んだ。二番目に勝負を降りたやつだ。
「明るいお天道様の下でも、サイコロを見分けるのは難しい!! こんな頼りない蝋燭の明かりの中で、一つひとつの個性を覚えるなんて不可能だ!!」
「可能なんだよ。ほら――」
と、俺はカゴからサイコロを一つ取り出して、相手に投げつける。
男はワタワタと受け取った。
「そのサイコロは〝二〟が出やすい」
「そ、そんなはずが……」
相手は引き攣った笑みを浮かべながら、カラカラと何度かサイコロを振る。
その顔が見る間に青ざめていく。
「本当だ……。十回振って、六回が〝二〟だ……」
野次馬の一人が剣を抜き、叫んだ。
「そんなのイカサマみたいなもんじゃねえか!」
他の野次馬たちが後に続く。
「そうだ!」
「卑怯だ!」
「正々堂々と賭けやがれ!」
円月刀が次々と鞘から抜かれる。
そのたびにシャキンという涼やかな金属音が響いた。
俺はおどけて見せる。
「おいおい待ってくれよ! イカサマ〝みたいなもの〟と、本当のイカサマを一緒にしないでくれ。サイコロの偏りを覚えちゃいけないなんてルールはないし、ここにあるサイコロは誰でも観察できた。勝負の条件は対等だろ?」
野次馬の中でも飛び切り体格のいい大男が、俺に剣を突きつけた。
身長は天井のシャンデリア――古い馬車の車輪を再利用したもので、丸い木枠に蝋燭がずらりと並んでいる――に頭をぶつけそうなほど高く、腕にはたわしのような剛毛がもじゃもじゃと生えている。
「ペラペラとよく開く口だ。二度と閉じられないようにしてやろうか?」
「あいにく、口の上手さは〝遊び人〟に必須でね」
俺がおどけて微笑むと、相手は激昂した。
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