お金は最強(さいつよ)魔法です! 追放されても働きたくないから数字のカラクリで遊んで暮らす

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残念!俺はすべてを失った!!

~~~~第1幕「踊る翼獅子亭」~~~~



 働かずに生きていきたいし、できれば遊んで暮らしたい――。


 誰もが抱く欲望に、俺は忠実だっただけだ。パーティの〝窓際族〟と笑われても、持ち前の口の上手さで誤魔化してきた。運と愛想さえ良ければ、人生どうにでもなると思っていた。


 まさか追放なんてくだらないオチになるなんて……。


 泡の消えたぬるいエールを見下ろしながら、俺は深々と溜息をつく。日の高いうちから酒場で飲んでいるのは俺一人だった。じつのところ、このエールの代金(※一杯八ゴールド也)を払うカネすら残っていない。


「そう気を落とされないでください、ご主人!」


 すぐ横で、甘ったるい声が響く。


 俺の隣には、十三歳くらいの見た目の少女が座っていた。


 顔立ちだけ見れば、まあまず「美少女」で通るだろう。

ただし、頭の両脇からは羊のような角が生え、お尻からは尻尾が伸びている。尻尾の先は、矢じりのように三角形に尖っていた。黒く艶やかな髪は、この地方の人間のものではない。背筋をシャキッと伸ばし、子犬のようにキラキラした目で俺を見つめる。


「お金がないくらい、何だと言うのですか! 人生は金銭的豊かさなどでは測れませんよ。そもそも、ご主人のご職業は〝遊び人〟! 初めから仕事とも呼べないような仕事を職業となさっていたわけで――」


「うるせーーーーー!! 誰のせいでこんな目に遭っていると思ってるんだ?」


 相手は目をぱちくりとさせる。


「はて、誰でしょう?」


「俺の状況が分かってんのか? 追放されたんだぞ!? パーティを!!」


「では、追放を言い渡した勇者さまでしょうか? それとも、勇者さまに賛意を示した他のお仲間たちでしょうか?」


「あいつらはもう〝仲間〟じゃねえ! ていうか、向こうは旅の最初から仲間だとは思っちゃいなかったんだ! 俺はあんなにパーティに尽くしたってのに……」


「お気持ちお察しいたします……」


「だったら、察しろよ! この状況に陥ったのが誰のせいなのか!!」


「――なっ!? 勇者さまのせいでは、ない!?」


「鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするな!」


 何を隠そう、こいつと出会ったことが運の尽きだった。




   ◆


 昨晩のことだ。


 夜更けの酒場は、ざわめきに包まれていた。

方々から集まってきた船乗りたちが、浴びるように酒を飲んでいる。薄暗い蝋燭の光の中で、男たちの影と笑い声が揺れていた。


 ここは〝林檎半島〟の港町。

 かつてこの地に暮らしていた聖獣の名を取って〝翼獅子の港〟と呼ばれている。

 人口は少なく、岩牡蠣と野生種の林檎くらいしか採れない土地だ。しかし、たまに大きな貿易船が訪れると、夜通しのどんちやん騒ぎが始まる。


 町に三軒しかない酒場の一つが、この〝踊る翼獅子亭〟だった。


「賭け金に一万ゴールド追加だ。さあ、振れよ。お前の手番だぜ?」


 酒場の真ん中の丸テーブルに、俺は陣取っていた。


 俺の他には、三人の船乗りがテーブルを囲んでいる。

 うち二人はとっくに勝負を降りて、ゲンナリとした顔でコインの山を見つめていた。

 様々な国の偉人が刻まれた金貨や銀貨は、俺がこいつらから巻き上げたカネだ。テーブルの中央には、三つのサイコロが並んでいる。

 向かいの男は、冷や汗をダラダラと流しながら、二個のサイコロを手の中で弄んでいた。


 俺たちの周りには酔っぱらった野次馬どもが集まって、ことの成り行きを見守っている。


 ざっくり説明すれば、五つのサイコロを振って〝役〟を作り、より強い役を出した方が勝つというゲームだ。


 日没と同時に男たちはこの賭け事を始めた。

 そして日付が変わる頃には、俺が一人勝ちして男たちを身包み剥ごうとしていた。


「――だ、騙しやがったな!?」


 テーブルの対面に座った船乗りが言った。

 右目を黒い眼帯で覆い、口には乱杭歯が並んでいる。容貌だけなら海賊の下っ端にしか見えないが、一応は商船の掌帆長(ノストロモ)だという。まあ、今の時代、商船と海賊船の境界は曖昧なのだが。


 俺は苦笑した。


「騙す? 言いがかりはよしてくれ。別にイカサマなんて使っちゃいない。ただ、人よりも真剣に遊んでいるだけだ」


「馬鹿を言うな! カネを賭けているんだぞ? 真剣なのはみんな同じだ! お前は『初心者だ』なんて言っていたが、この大嘘つきめ!」


 乱杭歯の隙間から唾を飛ばしつつ、相手は叫んだ。


「てめえの賭け方は、どう見ても素人じゃねえ!」


「それこそ言いがかりだ。俺は本当に初心者だし、このゲームは日暮れ前まで知らなかった」


「よくもまあ抜け抜けとそんな嘘が――」


「あんたこそ、このゲームを覚えてどれくらい? 何年も遊んでいるくせに弱すぎない?」


「テメェ……」


「遊びを舐めるな、真面目に遊べ」


「くそっ!!」


 眼帯に隠れていない左目を血走らせつつ、相手はサイコロを振った。


 彼の指先から、二つのサイコロから放たれる。


 テーブルを囲んだ野次馬たちも、一瞬、息を呑む。

 二つのサイコロはもつれあいながら、テーブルの天板に触れて、跳ね上がった。

 すべてがゆっくりと動いて見えた。

 木製のビールジョッキの間で、くるくると回る六面体。


 その動きを見ただけで、俺には分かった。


 この勝負は、俺のものだ。

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