第3話 進む人、進みたい人

「課長、彼の隠れ家を発見しました。どうしますか強襲しますか?」

「まて、一度参事官にお伺いを立てよう。いくら国家公安委員会に手を回したと言っても末端の司法警察には話が伝わっていないだろう。参事官に頼んで警察庁から人を出してもらおう。強襲はそれからでも遅くないだろう」


 皇居を見下ろすビルの上層階のフロアで連絡を受けたグレーのネクタイの男は、受話器の向こうの男にそう伝え、ドアの横にある鏡でネクタイの結び目を見直してから自分の部屋を後にした。


 * * *


「よかったね、華子さん。携帯電話が手に入って。これで私たちとSNSで連絡とれるじゃん。さっそくアドレス作って交換しましょ!」

「ありがとうございます、これも小名木さんや皆さんのおかげです。わたくし一人じゃ絶対に無理でしたわ」


 小名木達は、『裏の携帯ショップ』の入っているビルから出て来ると真新しいスマホを手に持って嬉しそうにしている華子と一緒に小声で話しながら表通りに向かって歩いていた。


「あれは携帯電話会社の策略だな。免許証を持たない客がいたら、駐車場で待機してる職員が裏の携帯ショップを教えるパターンなんだろうな。だからこそ華子さんがショップを出たタイミングで声をかけて来たんだろ」

「そーだよな。俺も最初はびっくりしたけど、あの絶妙なタイミングはそうとしか考えられないじゃん、ね、華子ちゃん」

「しんちゃんも、けいちゃんも、凄いね深読みが。わたしなんか、大人社会の表と裏を垣間見ちゃった感じで、まだドキドキしてるわ。華子さんもそう思うでしょ?」


 彼らは翌日の学校行事である新国会図書館の見学会に現地で集合することを約束して解散した。


 * * *


「動くな!」

 黒づくめの男たちはドアをけ破ると、明かりの点いた部屋に雪崩のように入り込んでサイレンサー付きのグロッグ19を部屋の隅々に向ける。


「隊長、奴がいません!」

「そんなはずはない。人が入れそうな場所は全て調べろ。押し入れも、屋根裏もだ」


 男たちは訓練された動きで次々に部屋の中を探索する。が、しかし、都心の古びたアパートの1DKには人の姿は一切なかった。


「くそ、勘づかれたか。直ぐに向かいのコンビニの防犯影像をチェックするんだ。この部屋から最後に出たヤツの時間を確認しろ」


 リーダらしき男は、隊員のうち二人をアパートの向かい側にあるコンビニに急行させた。


「隊長! それが、変なんです。防犯ビデオを確認したところ、あのアパートからは女子高生しか出入りしてないのですが……」

「ばかな! 見間違いじゃないのか。我々のターゲットは中年の男性だぞ。女装したアイツじゃないのか? 我々は、アイツの金の動きを追いかけた結果、このアパートに行き着いたんだぞ。ということは、その女子高生がアイツの金を使っているということか。うむ、その女子高生を捕まえて事情を聴くしかないな」


 * * *


「おはよー!」

 小名木と華子は、国会の傍にある新国会図書館の見学者入り口の前で、新一と啓介を待っていた。


「遅いわよ! しんちゃん、けいちゃん」

「申し訳ないな、啓介のやつが寝坊しやがってな」

「うっせー。ほんのちょっとだろう。その後で、乗換を間違えたのは新一じゃんか」「うるさい。地下鉄の乗り換えは難しいんだ、特に都心はな」


 そこへ、新一と啓介が汗をかきながら走りこんできた。


「もー、そんなことどうでも良いでしょ。先生とクラスの皆はもう先に行っちゃったよ。私達も大急ぎで先生たちの所に行こう!」


 小名木に促されるように彼らは新国会図書館の中に吸い込まれていった。

 それに遅れること数時間後、黒いスーツの集団が図書館の裏口に大型のバンを乗り付けてきた。


 新国会図書館とは、20世紀に作られた国会図書館をベースに、それ以降に発刊された膨大な蔵書数にも対応できるように、より大きな規模をもった世界でも有数のライブラリだ。

 ここでは、国の政策として科学技術の継承の重要性を教えるために、毎年多くの高校生の見学を受け入れて、過去から継承され続けて来た知識の重要さを教えているのだった。


 * * *


「A班配置につきました、オクレ」

「B班配置につきました、オクレ」

 リーダは図書館横のバンの中で、無線装置のヘッドフォンを耳に当てて各チームの状況を確認したのち指示を出した。


「目標は、神宮寺華子という髪の長い女子高生だ。ここ数日、組織を脱走した神宮寺博士のカードを使用している女子高生だ。速やかに確保して作戦本部に連れて来い」


 * * *


「神宮司さんだね。ちょっと来てくれるかな」

 自由行動で図書館の中を歩いていた彼ら四人に、突然黒いスーツの男が近づいてきて神宮寺華子を連れて行こうとした。


 エイ!


 しかし、彼女はその男の手首をひらりと返すとリノリウムの床にたたきつけた。

 細身の女子高生が屈強な男性を簡単に投げたのを見て、華子を捕まえようと周りにを取り囲んでいた男達は一瞬躊躇した。

 その隙を見て、華子達は開いている部屋に飛び込んでカギをかける。外からは激しい怒号と共にトビラを壊そうと体当たりを繰り返す音が聞こえて来た。


「こっちよ、小名木さん、新一君、啓介君」


 華子が、その部屋の隅にある隠しボタンを押すと、トビラとは反対側にある壁が開いてエレベータのような小部屋が現れた。彼らがその小部屋に入ると隠し扉は音もなく閉じて、無味乾燥な電子音が聞こえて来た。


「認証コードヲ復唱シテクダサイ」

「ピーエーアイ、三、一、四、一、五、九、二、ジングウジ」

「認証コード、声紋分析、トモニ神宮寺博士ノモノト一致シマシタ。地下研究室ヘノ降下ヲ開始シマス」


 驚いたことに、華子さんの口から出て来た声は今まで聞いていた女子高生らしいかわいい声ではなく、中年の男性の声だった。華子さんは男性の声で話し始めた。


「驚かせて申し訳ない。彼女は僕が開発した最新型アンドロイドで、彼女のAIには僕の知識を全て生体スキャンして与えてある。こうでもしないと君達と会えなかったから多少強引ではあったが実行させてもらったよ」


 華子はそう告げながら深々と彼らに頭を下げた。そして垂れ下がった長い髪を戻すようにして頭を戻すと、彼らを見まわしてから、さらに語り続けた。


「覚えていないかもしれないが、君達三人が幼い頃、僕は公園で酷い事をしてしまった。あの時は第一回目の生体スキャン実験の直後で被験者である僕も混乱していたんだ」

「いえ、今でもハッキリと覚えています。啓介は投げ飛ばされてしまうし、小名木はアンドロイドに押さえつけられて気を失ってしまうし。僕はそれで知識の大事さをいやというほど実感したんです」


 可愛いらしい女子高生の口に似つかわしくない中年男性の声で謝罪された直後に、新一が苦々しそうな顔でぶっきら棒に返答した。


「いずれにしても、もう君達とは会う事もないだろう。僕が完成させた生体スキャン技術はコピー元の脳の記憶を完全に失わせてしまうからね。今の記憶は彼女のAIの中にしか存在しないんだ。そして、この禁断の技術は来月から世界中の科学者に使用されるという事が密かに決定されている。僕は、この技術を僕自身と一緒に葬り去るために、この新国会図書館の地下深くにある秘密研究所に戻って来たんだ」


 彼女はそう言うと、地下深くに到着したエレベータの扉が開くと同時に通路に向かって飛び出すと、こちらに振り向かずに軽く手を上げてから、再び奥の部屋に向かって走って行ってしまった。


 エレベータは、彼女が走り去ると再び閉まり、今度は自動的に上昇を始めた。彼ら三人の間には、なんとも言えないどんよりした空気だけが広がっていた。

 エレベータがさっきの場所に着くと扉が開いた。しかし、もうその場所には黒ずくめの男たちはどこにもいなかった。


 彼等は心配して探しに来た先生と合流すると、皆無言のまま新国会図書館を後にした。


 * * *


「結局さー、この間のアレって何だったんだろうな……」

「分からない、全てが謎のままだ。新国会図書館での騒ぎも、科学者に対して一斉に生体スキャンが始まったなんてニュースも、一切出てこないしな」

「けいちゃん、しんちゃん。でもさ、一つだけハッキリしてることは、もう二度と華子ちゃんとは会えないってこと……だよね」


 小名木は、啓介の横の空席をぼんやりと眺めながら呟いた。


「まあ、これからも技術はどんどん失われていく、という事も明白だよな。おっさん声の華子ちゃんが生体スキャン技術を葬っちまったからな……」

「でもさ、無くなったらなくなったで、また新しく自分達で欲しい技術を生み出せばいいんだろ。なー、新一ハカセ様!」


 空になったコーヒー牛乳をズビズビと吸ってから、筆谷は星川の肩をポンと叩いてニカリと笑った。


(了)

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携帯電話四級の免許、持ってます? ぬまちゃん @numachan

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