エピローグ 洗濯日和ね土曜日
いやぁー、いい天気だわぁー
土曜日の朝は、これでもか? というぐらいの天気だった。
アタシは軽く伸びをしてから、一週間分ため込んでいた洗濯物を洗うべく洗濯機をガンガン回しながら昨日の事を思い出していた。
☆ ☆ ☆
アタシは、花金の夜、会社の入っているビルの地下にあるバーで彼と二人で飲んでいた。そこで、先輩女史のアドバイスに従い直球勝負にでたのだ。
「ごめんなさい。あなたが周りから『わけありの男』って呼ばれている噂を聞きました。それは、日曜日に傘を貸してくれた時の記憶がない事と関係があるんでしょうか? アタシ、貴方とこれから長くお付き合いしたいし……」
言ってて、顔が赤くなるのが分かった。
確かに、このセリフを言い出す前に景気づけにちょっと強めのお酒を一気飲みしたのは本当だけど、この顔のほてりはそれだけじゃないよね。
「だから、本当の事を教えて? アタシはもう貴方と一緒にいることに決めたから、貴方の真実を教えて欲しいの。さあ、アタシの目を見ながら本当の事を言って下さい」
アタシは、自分の心臓がドクンドクンしているのを感じながら、彼からの返答を待っていた。
「やはり、その話になりますか……」
彼は、自分の心を落ち着けるように一瞬アタシの視線から目をそらして、口を開いた。
「実際、僕もこの件を隠すつもりはないんです。だけれども、そもそも、僕のいう事が信じられるかどうか、貴女がそれを受け入れてくれるかどうか、そちらの方が気がかりなんです」
え? 彼の言ってる意味が良く分からない。彼は何を語ろうとしているのかしら。アタシは落ち着くように、グラスに入っている氷を口に含んでガリっと噛んだ。
「僕の母方の祖母は青森の恐山に近い場所に住んでいて、とある生業についていました」
恐山、なんかホラー作品に出てきそうな場所じゃないの。アタシの酔いはそこで一気にさめた。
「僕の母は普通だったのです。けど、隔世遺伝と言うやつなのでしょうか、僕は祖母の能力を引き継いでしまったらしいんです」
ちょっとまって、恐山のお仕事っていったら、もしかしたら『あれ』じゃないわよね。科学技術が発展したこの世の中で、しかも都会のど真ん中で。『あれ』の話が始まるとは思ってもいなかったわ。
「実は、僕は三人兄弟で真ん中なんです。上と下が女で僕だけが男。そんな状態なのに、この能力が発言したのは姉貴でも妹でもなく、男の僕なんですよ」
ああ、やはり『あれ』の話に行こうとしているのかな? だから、彼はアタシが信じるかどうかみたいな前振りをしてきたということかしら。アタシの周辺の空気が三度は確実に下がったような気がして、背筋がぞくりとする。
「まあ、そんなこんなで、僕にはちょっと特殊な能力というか、特技があるんです」
ああああ、どうしよう。それは『特技』なんかじゃないわよ。これは付き合うとかのレベルではないかも。いや、でも、考えてみたら、色々有名な故人を呼び出してお話を聞けるから、もしかしたら仕事に活かせるかも、逆転の発想やね。
アタシの頭の中はもう先週の土砂降りのようにグチャグチャになっていた。
「実は……」
彼は、ここで自分のグラスに入っているお酒を一気飲みしてから、改めてアタシに向き直った。顔はお酒のせいで赤くなっているのだけれど、アタシを見つめる彼の小さな目は真剣そのものだった。
「このバーで一人のみをしている貴女を何回も見かけていて、声をかけたかったのです。でも、勇気が無くて……」
こんどは、空のグラスに水差しから水をどぼどぼと注いで、グイイと飲み込む。
「それで、高校時代に亡くなった親友を呼び出して、貴女に声をかけてくれるようにたのんだのです。どうも、そのタイミングが悪かったのか、親友も貴女に声をかける事が出来なかったのでしょう。それで、ぶっきらぼうに傘だけ渡して立ち去ったのだと思います」
ええええ、なんてことだ。実は彼の方がアタシに興味を持っていてくれてたのかい。
私はちょっと嬉しくなって、グラスを持っていた彼の手を両手でつかむ。彼は、一瞬びくっとしたようだが、直ぐに目じりが下がった。
こうなったら、『わけありの男』だろうが、なんだろうが、このまま突き進むのが女の生きざまだぜ。アタシの心は彼にジャストインしたのだった。
☆ ☆ ☆
洗濯機がゴウンゴウンと動いている横で、アタシは金曜日に二人で写した自撮り写真をスマホから引き出してニヤニヤしながら眺める。
これからは、彼とかれが呼びだす色々な故人達と、二人(?)で歩んでいくのかなー、と思うとちょっと複雑だけど、まあ、それも女の人生さ。
実は彼の能力はその世界では(どんな世界なんだ?)有名らしい。だから、休日になると色々なコネをたどって故人を呼び出して欲しいという要求が引きも切らないそうだ。
故人を偲んで、お父さん、お母さんに会いたいという一般的に思われるイメージ以外にも、遺言書の内容にクレームを付けたいために相続人が故人を呼び出すとか、実は多彩にとんでいるらしい。
洗濯物をさっさとかたずけて、浴室乾燥機にしかけたら、今日は天気も良いし『イタコ体質』の彼と昼間のデートとしゃれこむんだ。今日は、誰を呼び出してもらおうかなー? 今から楽しみだわ。やっぱり、夏目漱石先生あたりに出張ってもらって、ワガハイは猫であるの創作秘話でも聞き出そうかしら。
うふふ。
(了)
理由(ワケ)ありの男 ─ 一週間で彼氏が出来る方法を教えます、ワケありですけど(笑) ─ ぬまちゃん @numachan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
企画もの参加作品リスト/ぬまちゃん
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 2話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます