第45話 泣いて、素直になって

 どのくらい時間が経っただろうか。

 泣き止んで落ち着いた葵を、奏太は取り敢えずベンチに座らせた。


 その隣に、奏太も腰を下ろしている。


「……大変申し訳ございません。私としたことが、取り乱しました」


 久しぶりに口にした言葉は、葵らしい謝罪だった。


「ん、気にしないで。よくある事でしょ」

「よくはないと思いますが……」


 葵は目元を泣き腫らして真っ赤にしていたが、テンションは元の葵に戻っている。

 しかしひとつ、わかりやすい変化があった。


 端的にいうと、物理的な距離が近い。

 腕に葵の肩がくっついて体温が伝わってくるくらいに。


「どうかしましたか?」

「いや……なんでも」

 突っ込むのは無粋かなと思ったのと、もうしばらくこの状況を楽しんでいたいという下心があって、触れないことにした。


 兎にも角にも、先ほどまで向けられていた警戒心や敵意は綺麗さっぱりなくなったようで、何よりである。


「なんにせよ。葵の本音が聞けてよかった」

「まさか『砂漠の月』を持ち出されるとは思いませんでした……あれは反則ですよ」

「それだけ葵の事を考えたって事だよ」

「っ……清水君って、そういう恥ずかしい事をさらりと言いますよね」

「俺は至って大真面目なんだけどねー」

「俺が月になるとか……ラノベの主人公か何かのつもりですか」

「……なんか、思い出したら恥ずかしくなってきた」


 あの時は、ノリと勢いに自分の本心が乗って思わず言い放ってしまった。

 よくもまあ、あんな小っ恥ずかしい事を口に出来たものだと顔を覆いたくなる。


「私は……嬉しかったですけどね」


 ほんのりと喜色を滲ませ、ぽつりと言って。


「ありがとう、ございました」


 心の底から湧き出たとわかる感謝の念に、奏太は晴れ晴れとした気持ちで返した。


「どういたしまして」


 するとそこで、葵がハッと思い出したように口を開いた。


「と、というか、何さりげなく下の名前で呼んでるんですか」

「親しい間柄だったら呼んでもいいんじゃ?」

「そういえば。そんな事を言ったような気もしますね……」

「ダメだった?」

「だめでは、無いですが……」

「ならいいよね、葵?」


 奏太がにっこり笑っていうと、葵はどこか悔しそうな顔をする。

 それからふと、考える素振りを見せて。


「……奏太くん」

「ぶふぉっ」


 思わず咳き込んでしまった。

 葵の口から紡がれた自分の名前に、言いようのないむず痒さが到来した。


 陽菜や澪に呼ばれても特に何も感じないのに、なぜ。


「改めて言われると、なんか恥ずかしいな」

「それが私の気持ちです。思い知ってください」


 勝ち誇ったように言う葵は、どこか楽しそうだ。

 楽しそうで、本当に何よりだった。


「…………話を戻すんだけどさ」


 葵の考えを確認するために、尋ねる。


「とりあえず、学校には来てくれるよね? 葵がいないと、放課後が暇で仕方がないんだ」

「そう、ですね……」


 葵が学校に来ない理由はもう、何もないはずだ。

 しかし葵はぎゅっと、膝の上で拳を握った。


「でも、私……皆の前でやらかしたに長らく学校を休んで……ちょっと行きずらさがあるというか……また皆に、奇異の視線を向けられるのが、怖いと言いますか……」

「ああ、なるほど……」


 それは確かにだった。

 今自分が葵の立場だったら、学校に行くのは相当な勇気を必要とするだろう。


(何か、良い案は……)


 考えていたら、ふと頭にある考えが思い浮かんだ。

 

 前から薄々考えていた事に絡んでいたので驚きはなかったが、提案するには勇気が必要だった。


 なぜなら、この案を実現するには奏太の今の立ち位置や交友関係まで犠牲になる可能性があるからだ。

 しかし、結論はすぐに出た。


(嫌な事や辛い事から葵を守るって、俺は約束した)


 ならもう、迷いはなかった。


「大丈夫、俺に任せて」


 どんと胸を叩いて奏太は言う。


「これは俺の経験則だけど、人って意外と、というかかなり他人に興味がないんだよね」

「えっと、それはそうだと思いますが。今の話と、どういう関係が……」


 言葉の意図がわからないといった顔の葵に奏太は説明する。


「今でこそ、なんちゃって陽キャみたいなポジションにいる俺だけど、中学まではこんなんじゃ無かったんだよね。髪も適当だったし、喋るのもそこまで得意じゃ無かったし、どちらかというとオタクグループで、ソシャゲのガチャの話題で盛り上がってるような男子中学生だった」

「想像がつきませんね」

「でしょ?」


 意外そうに目を丸める葵に続ける。


「あるきっかけがあって、俺もいわゆる陽キャ! って感じのグループに入ってみたいと思ってさ。高校に上がる時に、ちょっと髪をそれっぽくしてみたり、「トーク力を上げるには!」みたいなYoutube動画で勉強して、色々変えてみたんだ。そしたら今のグループで仲良く出来るようになった。中身はほぼ変わってないのに、それっぽい外見とトークを意識するだけで、周りから『こいつは陽キャっぽい』て思われたんだ」


 一呼吸置いて、結論を述べる。


「その時、気づいたんだ。周りは思った以上に自分の見た目とか、表面上で見える振る舞いで印象を判断してるんだなって。だから葵も、見た目や振る舞いを変えてみるといいと思うんだ」

「つまり……具体的にどうすればいいんですか?」


 珍しく話の着地点がわからない様子の葵。

 

 そんな彼女に、奏太は悪戯を企む子供のような笑顔を向けて。


「明日、時間ある?」

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