第43話 私の、何がわかるんですか

「私、言いましたよね? 学校に来いとか、そういった要望は受け付けないって」

「言ったね」

「もう一度言わないとわからないんですか? もう放っておいてください。私は一人でいたいんです。人と関わったらロクな事にならないので」


 いつにも増して刺々しい語気の文月からは、揺るぎない意志が伝わってくる。

 触れたら弾かれてしまいそうなほど、強い拒絶。


 思わず怯みそうになるが、動揺を悟られないよう奏太は続ける。


「文月とちゃんと話すようになって、一ヶ月半くらい経つよね」

「……それが何か?」

「なんだかんだ、色々したなって。お薦めを色々教えてくれたり、図書準備室で一緒に本読んだり、カフェで一緒に本読んだり……本ばっか読んでると思ったけど、今日はまさかのボウリングデビューだ」

「だから、それが、なんですか?」

「楽しかったでしょ?」


 文月が息を呑む。


「俺はめちゃくちゃ楽しかったんだけど。なんだかんだで文月も、俺と過ごす時間が楽しかったんじゃない? 少なくとも俺には、そう見えたんだけど」


 ほんの僅かに、文月の瞳が揺れる。奏太の言葉の意図をすぐさま察したようだった。


「楽しかったら、なんなんですか?」


 揺らぎを抑え込んで。奏太に睨むような目を向ける文月。


「人と一緒にいた方が楽しいだろう、だから一緒にいよう、みたいな切り口で説得しようとしても無駄ですからね。確かにこの一ヶ月は、初めての事も多く新鮮さはありましたし、楽しいと感じる時もありました。ですが、その上で私は……やっぱり一人がいいという結論を、出したんです」

「その結論は、絶対に変わらないの?」

「よほどの事がない限りは」

「友達の俺が本気で頼むのは、よほどの事じゃない?」


 じっと、文月の顔を見て奏太は尋ねる。


「……頼んでも、ダメです。そもそも……私と清水君は友達じゃありませんから」

「ええっ」


 この返しは予想外だったため、思わず声が上擦ってしまう。


「この前は友達って言っても否定しなかったじゃん」

「あの時はそう言いましたが……思い直してみて、やっぱり違うと思いました」

「面と向かって言われると心にくるものがあるね」

「オブラートに包んでも仕方がないですので。あと……」


 どこか瞳に迷いを浮かべてから、文月は言う。


「そもそも私に……友達は必要ありませんから」

「それは嘘でしょ」


 反射的に言葉が飛び出た。


「嘘だと、どうしてわかるのですか?」


 文月の声に、怒気が宿る。


「俺は、知ってるから」

「……何をですか?」


 低い声。


「文月は……本当は友達が欲しくて欲しくて、仕方がないんだって」


 急に文月が立ち上がった。


「私の、何がわかるんですか……!!」


 先程までの落ち着いた声色とは一転、荒い口調の文月。


「友達なんて、いても煩わしいだけです! 利害関係をいちいち考えて、お互いの顔色を疑わなきゃいけない、その友人関係における自分の立ち位置を全うしなければいけない、 限られた自由時間も費やさないといけない……そんな面倒な関係性、私はまっぴらごめんです」


 早口で捲し立てられる言葉の数々。

 それが奏太には、自分の本心から目を背けるために捻り出した屁理屈にしか聞こえなかった。


 自分の指摘が文月にとって図星だったと、奏太は確信する。


 先日、澪に自分の本質を言い当てられ行き場のない怒りを感じたのと同じだ。

 

 はあはあと息をつきながら、奏太を睨みつけて文月は言う。


「理解、いただけましたか? 繰り返しになりますが、私に友達なんか必要ありま……」

「砂漠の月」


 奏太が呟くと、文月がハッと言葉を切る。

 頭の回転が速い文月は即座にある一つの可能性に気付いたらしく、怒りに滲んでいた表情がみるみるうちに驚愕に染まっていった。

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