第25話 楽しさ

 十一月も中旬になると、シベリアからやってきた寒気と一緒にテスト期間の気配も漂ってきていよいよ冬の訪れを感じてくる。


「はい、じゃあ七十六ページの問六、みんな解いてみて。制限時間は三分ね!」


 現代国語の授業中。沖坂先生の掛け声で皆一斉に問題集と睨めっこを始める。


(うへえ、記述式かー……)


 該当の問題の左隣に大きな四角枠が見えて、奏太はため息をついた。

 文章問題の記述式は奏太が世界で一番不得意とする問題だ。滅べばいいと思っている。


(えーと、なになに……下線部Cとあるが、この時の涼子の心情を80文字以内で答えよ……うはーきっつ……)


 この手の問題はこれまで散々ペケを食らってきたため、苦手意識から頭を動かすのにも身が入らない。

 

 とはいえ、当てられて頓珍漢な答えを口にし沖坂先生に詰められるのもメンタルにくるものがあるので、少しでもそれっぽい事を言えるよう考え……。


(……あれ?)


 題材の小説を目で追うごとに、頭の中でカチカチとピースが嵌まるような感覚。

 以前にはあった、そもそも文章を読む事自体の億劫さはない。


(これ、わかるかも……多分、涼子はこの時……)

 

 文章から情景が浮かび上がってくる。

 

 登場キャラクターの心情に、自分の心がすっと入り込んでいく。

 気がつくと、奏太はペンを手にしていた。


「はい、三分経ちましたね!」


 パンッと沖坂先生が手を叩く音で思考が現実に戻ってくる。


「じゃあ、この問題を…………清水くん!」

「うぇっ……はいっ」


 まさかピンポイントで当てられるとは思っていなくて、若干上擦った声が出てしまう。

 くすくすと、クラスメイトの誰かが笑い声が聞こえてくる。


「お、どうしたー清水? さてはまた居眠りかー?」

「やだなあ沖坂先生、俺は生まれてこのかた授業で寝たことはありませんよ!」

「ほー、じゃあこの問題もしっかり答えられるはずだよな?」


 ほれほれ答えてみいと、沖坂先生はニマニマ顔。


「えっとですね……」


 自分の書いた解答に視線を落として、奏太は言葉を空気に乗せる。


「明彦に復縁を迫られた涼子は満更でもない気持ちもありつつも、再び明彦と付き合っても幸せになれないだろうなという直感もあってどっちつかずな気持ち、でしょうか?」


 しん、と教室に静寂が降りる。


「……ど、どうでしょうか?」

「正解!!」


 おおーっと教室の中でどよめき、ぱちぱちと拍手が沸き起こる。


「はいはい静かに! 解説すると、これは清水くんが言った通り、涼子の恋心と理性の両面を推測する問題ね。そもそも涼子の気持ちが一つじゃなく、複数あって葛藤しているというのがこの問題の肝なの。正答率が低い問題だったけど、よくわかったわね」

「いやあ、それほどでもありますな! このくらいの問題なら、寝ながらでも答えられますよ!」

「はいそこー、調子乗らなーい。あとの問題全部解かすわよ?」

「すんません調子乗りました!」


 奏太が大袈裟に頭を下げれば、教室内でどっと笑いが起こる。

 問題に正答できた達成感と、空気を笑いに包む事ができた充実感を抱きながら腰を下ろすと。


「今日は解答を見せる必要は無さそうね」


 やるじゃない、と言わんばかりに澪が小さく笑う。


「ふはは、俺もやる時にはやるわけよ」

「毎日やりなさい」

「仰る通り」

(やば……なんか楽しいかも)


 テンションが上がらない現国の授業でこんな高揚感は初めてだった。

 沸々と湧き上がるモチベーションに身を任せ、奏太は次の問題へと目を向けた。

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