【書籍化】陽キャで本嫌いの俺が、『図書室の魔女』に恋をした
青季 ふゆ@『美少女とぶらり旅』1巻発売
第1話 魔女との出会い
「おっかしいなあ……全然見つかんない」
近所の某大型書店の漫画コーナーの一角。
もう何周目かわからない徘徊を終えて、清水奏太(しみず そうた)はため息をついた。
目の前にはずらりと並んだコミックたち。
かれこれ十分以上、奏太は友人が面白いと勧めてくれた漫画を探していた。
「出版社の名前くらい聞いておけばよかったなー」
普段、書店なんて全く行かないものだから、お目当ての漫画がどこにあるか見当もつかない。
人気作なら入ってすぐの所にある平積みコーナーですぐに発見できそうだが、話を聞いた感じ、かなり古めの漫画で隠れた名作との事。
電子版が無いという時点で嫌な予感がしていたが、こんなに探しても見つからないとは思っていなかった。
そのうちなんだか面倒になってきたのと、乱雑に並ぶタイトルに少しずつ興味を惹かれ、ついつい奏太は一巻の試し読みをパラパラし始めてしまう。
ここら一帯では最大の規模を誇るこの店舗も、昨今の読書離れの影響か夜八時というそこまで遅くない時間にも関わらず客はまばらだ。
子供の頃はこの書店以外にも古き良き書店がいくつかあった記憶があるが、いつの間にか更地か別の店に変わっている。
実質このお店の一人勝ち状態のはずだけど、この有様だと近所から書店が一つも無くなってしまうのは時間の問題かもしれない。
「あ、しまった」
随分と長い事試し読みをしてしまっていた。
時刻は九時前、確かそろそろ閉店時間だ。
「店員さんに聞くか……」
最初からそうすればよかった。周りをキョロキョロと見回し、書店員っぽいエプロンを着用した人物を発見し声を掛ける。
「あの、すみません」
「はい、なんでしょ、う……か……?」
「えっ……」
店員さんは振り向くなり語尾をあやふやにして、奏太はわかりやすく驚いた。
「文月さん……!?」
男子としては高めな奏太よりも頭一個分ほど低い背丈、サラサラそうな黒髪は首の辺りで切り揃えられている。
全体的にシルエットは小柄だが、胸のあたりはしっかりとした膨らみがある。
長めの前髪と赤縁眼鏡の奥で輝く丸い瞳はくりりとしていて、ぱっと見は小動物じみた幼さを彷彿とさせるも、よく見ると強い光を宿しているようにも見えた。
「そ……うた……くん?」
書店員さん──クラスメイトの文月 葵(ふづき あおい)が、十年ぶりに会う人の名前を確かめるような慎重さで奏太の名前を口にする。
「名前、覚えていてくれたんだ」
つい奏太は、教室が一緒になって半年目のクラスメイトに対し相応しく無い言葉を溢してしまう。
というのも、文月と言えば教室の隅っこで気配を消して読書に励む文学少女。
言葉を交わしたことはおろか、目があって会釈をした事すらない。
故に、彼女が苗字ではなく名前を認識していた事に、一抹の驚きを抱いていた。
「奏太くんは、よく聞く名前なので」
「え、俺ってそんなに人気者?」
「やたらと声の大きい女子が、貴方の名前を連呼していました」
「あー、ひなたそね。アイツ声でかいからなー」
脳裏に明朗快活なクラスメイトの顔を思い浮かべたあと、ふと奏太は尋ねる。
「ちなみに、俺の苗字は?」
「…………」
「オーケー、わかった。俺の苗字は清水。でも、全然名前で呼んでくれていいよ!」
「じゃあ、清水くんで」
ガクッと、奏太はオーバーなリアクションをする。
「人の話聞いてた?」
「聞いた上での判断です。下の名前で呼び合うほど、貴方と親しくはないので」
「……なんか、怒ってる?」
「いいえ、特には?」
不思議そうに首を傾げる文月。言葉に棘があるように感じるけど、これが彼女の通常運転なんだろうと奏太は思うことにした。
「それで、ご用件は何でしょうか?」
「ああ、そうだった。友達からお勧めされた漫画を探してるんだけどさ、いくら探しても見つからないんだ」
「なるほど、タイトルはなんでしょう?」
「えっと……『血濡れた廃墟で僕たちは』だったかな」
「なるほど」
文月が一瞬、天井を見上げたあと淡々と告げる。
「その漫画は今、欠品してますね」
「え!? わかるの?」
「書店にどんな本が入荷されているかは、全て覚えています」
「す、凄すぎない?」
「書店員なので」
「いや、書店バイトのことは詳しくはないけど、普通じゃないと思うぞ」
少なくとも、この店内全ての商品を網羅するなど聞くだけで気が遠くなりそうだ。
文月が職務に忠実すぎるのか、もしくは店内の全ての書籍を把握するほどの本好きか……。
なんとなく、後者だろうなと思った。
「念の為、パソコンで在庫確認もしておきましょうか?」
「んんー……そうだね、疑うわけじゃないけど、念の為お願いできる?」
「かしこまりました」
ぺこりと丁寧にお辞儀をしたあと、文月が歩き出す。
その後ろを奏太はトコトコと付いていった。
「まさか、文月が本屋でバイトをしていると思わなかったよ」
「私も、クラスメイトと出くわすとは思っていませんでした」
「学校からはけっこう離れた書店だからね。この辺に住んでいるの?」
「いえ、家は駅の北側ですね」
「いやそれめちゃ遠くね!? 学校と反対方向じゃん、よく通えるね」
「意外と、なんとかなるものです」
「というか、さっきから別に敬語じゃなくていいよ? クラスメイトなんだし」
「敬語は癖です。クラスメイトだろうと家族だろうと、砕けた口調は苦手です」
「な、なるほど、家族にも敬語は珍しいね」
「そうかもしれませんね」
奏太は積極的に話を振るが、文月は会話を広げたくないと言わんばかりに最低限の返答しかしない。
コミュ力にはそれなりに自信がある奏太だったが、彼女との会話はなかなかに難易度が高いと感じた。
「やはり、在庫は無いようです」
レジの中、手慣れた動作でパソコンを操作した文月が無慈悲に告げる。
「うー……だよねー」
がっくしと、奏太は肩を落とす。
「ま、無いもんは仕方がないよね! ごめんね、時間取らせちゃって。駅前まで行ったら他にも書店あるし、そこにも行ってみるよ」
「駅まで行くのはなかなか骨が折れるでしょう。書店には取り寄せといって、店内には無い書籍を取り寄せるシステムがあります。希望なら取り寄せますが、いかがですか?」
「そんな便利なシステムがあるの!」
奏太が身を乗り出すと、その分だけ文月が後退りした。
「あの、近いです」
「あ、ごめん!」
ジト目の文月に、奏太はパンっと掌を合わせごめんなさいのジェスチャーをする。
「それで、いかがなさいますか?」
奏太はごめんなさいのジェスチャーのまま、ぶんっと頭を下げた。
「頼む!」
「かしこまりました、少々お待ちを」
カタカタぽちぽちとパソコンを操作し始めた文月に、奏太は笑顔を向けて言った。
「ありがとう、文月。わざわざ教えてくれるなんて、優しいんだね」
ぴたりと、文月のキーボードを叩く指が止まる。
今までぴくりとも動かなかった無表情に、ほんのりと朱色が差し込んで──。
「……しょ、書店員の仕事を全うしているまでです」
──どくんっと、胸の辺りで音がした。
ほんの些細な変化だったが、文月は確かに表情に照れを表した。
その不意打ちに、奏太はわかりやすく目を奪われてしまう。
……後から思い返すと、この一瞬が全ての始まりだった。
「入荷されたら連絡しますので、電話番号を教えてください」
いつの間にか表情を戻し、取り寄せの手続きを終わらせた文月が紙とボールペンを手にして言う。
その言葉に反応するのも忘れて、奏太は先ほど自分の胸に到来した熱い感情の正体を確かめていた。
「……清水くん?」
「あっ……ああ、ごめん、ぼーっとしてた。電話番号、電話番号ね……って、学校で言ってくれたらいいんじゃ?」
「学校では誰とも話したくないので」
「そ、そっか。なら、せっかくだからRINE交換しよう!」
提案すると、文月は露骨に顔を顰めた。
「仲良くない人と交換するのは嫌です」
「う……そっかそっか。じゃあ……まあ、仕方ないか」
奏太が電話番号を口にすると、文月はサラサラとボールペンを走らせる。
「では、お取り寄せが完了しましたら連絡差し上げます。大体、一週間から二週間くらいで届くと思います」
「わかった、りょーかい」
「他に何かご用件はありますか?」
「いや……特には」
「そうですか。それでは、私は作業に戻りますので」
「あ、うん! 本当にありがとうな、色々と」
「仕事ですので」
素っ気なく言うと、文月はぺこりとお辞儀をしてさっさと行ってしまった。
「……さて」
目的は達成した。
これ以上する事も無いので、奏太は書店を後にする……前に、しばらく書店にとどまった。
特に気になる本があるわけでもないのに、店内をうろちょろした。
文月とすれ違う事を期待していると自覚した途端、なんとも言えない気恥ずかしさが到来して奏太は書店を出た。
結局、文月はバックヤードに引っ込んだのか巡り合わせが悪かったのか、残念なことに遭遇することはなかった。
中間テストが終わった十月の半ばの空気は冷たく、思わず肩が震えてしまう。
反して、奏太の胸の中には確かな熱が灯っていた。
思い起こす。
文月の照れた表情や、凛とした佇まい。
周りに流されがちな自分とは違って、己の意思をはっきりと貫く彼女の態度に惹かれている自分がいた
帰宅しても、奏太はずっと文月のことを考えていた。
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