第22回 過労とストレスと不摂生

 献体検査の結果、例の流行病ではなかったことが確認された。一安心といったところだが、楽観できる状況ではなかった。


 洋人を担当した医師は歳の頃なら三十半ば、すらりとした体躯に綺麗で優しげな面差しの女医先生だった。

 先生は自身を血液内科の鐘古かねここよみと紹介し、柔らかい表情を心がけるかのような気配りを見せながら俺たち家族に病状説明をした。確かに、医者が眉間に皺を寄せて険しい顔をしていれば、よほどの重篤かと患者の家族は心配を募らせる。

 しかし、いくら鐘古先生が美人だろうと、俺は生きた心地がしないまま説明に耳を傾けた。


「血液色素量他、血算四項目全てで明らかな鉄欠乏性貧血を示す数値が出ています。洋人さんの場合、特にそれが顕著で、成人男性の基準値を大幅に下回っている状態なんです。これはもう極度の鉄欠乏、つまり深刻な貧血であると言わざるを得ないでしょう。主な原因は、ずばり栄養不足です。日頃の食生活がどのようなものであったか非常に気になるところです。

 それにしても、これでよく今日まで持ちこたえられたと感心します。今までにも度々、眼前暗黒感などの不快な症状に見舞われることがあったのではないかと思います。実際、相当つらかったのではないでしょうか。倒れなかったのが奇跡です。学生時代に培った体力の賜物と言えるかもしれませんが、そういう人ほど過信は禁物なのです。その遺産は持続可能なものではないと肝に銘じるべきです。

 過度の疲労とストレス、そして偏った食事。これらが今考えられる原因です。今後は、十分な休養とストレスの軽減、栄養バランスの取れた食事が、洋人さんには不可欠なものとなってきます。

 さしあたり、造血促進に効果のあるフェロミア錠(クエン酸第一ナトリウム錠)の投与で様子を見ます。一週間、検査を兼ねて入院していただくことになります」



 洋人の身体は一人暮らしの不摂生に加え、疲労とストレスが蓄積し、謂わばオーバーヒートの状態にあったという。

 無理もないと思えた。この春から教職に就き、同時に高等部の弱小野球部の監督に就任した。他校と練習試合を組むために、ほぼ恒例となってしまったサイン会や握手会、撮影会などのイベントに引っ張り出され、アイドル並みの多忙を極めていた。

 そんな中、ようやく取れた休養日だった。張り詰めていた緊張の糸がぷっつりと切れたに違いない。そして身体が、ついに悲鳴を上げたのだ。


 こんな事態を招くことになろうとは!


 何と言ってもストレスの最たる要因は、結果を出せずに負け続ける俺たち野球部にある。


 

 洋人、本当にごめん。



 * * *



 幸いにも消化器や循環器に特段の異常は見られず、洋人は無事、一週間で退院できた。

 その後は実家に戻り、休職して暫く静養することになった。

 


「やっぱり、お袋の飯は旨いな」


 夕食が終わって部屋でくつろいでいると、しみじみと洋人が言った。


「当たり前だ。お母さんの料理は味も栄養も完璧なんだ。鐘古先生も言ってただろ、栄養バランスの取れた食事が不可欠だ、って。ヒロ、一人暮らしやめて実家ここに帰って来いよ」

「ダメだ。そしたら、おまえと……」


 俺たちが完全に結ばれること。それが洋人が家を出た理由の一つだ。しかし、こうなってしまっては、それはさほど重要なこととは思えなくなった。


「身体壊したら元も子もないだろ。健康管理は食生活からだ」

「毎日菓子パンとカップ麺ばっかりじゃダメだったか」

「ったく、主食が中坊のおやつかよ」

「これしきのことでダウンするなんて、俺ももう歳かな」

「何言ってんだよ。まだ二十二だろ。全世界の二十二歳に謝れ!」

「ごめん」

「俺に謝ってどうする!?」



 さすがの洋人も身体の不調には敵わなかった。

 義兄が家にいるのは嬉しくないこともなかったが、覇気のない姿を見るのはつら過ぎた。一日も早く元気になって欲しいと希う。



 * * *



 気持ちが落ち込んでいる時に限って、予期せぬ形で厄介な案件は訪れる。

 その人物は、俺が龍洋人の義弟だと知りながら声をかけてきた。

 





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 友情出演:鐘古こよみ様 ―― https://kakuyomu.jp/users/kanekoyomi

 ありがとうございました\(^o^)/


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