第17回 練習試合

 来たる地区予選を前に、洋人が他校との練習試合を取り付けてきた。

 相手は、昨夏の県ベストエイト男嶽おとこだけ工業高校だ。現時点での百合ヶ丘高校野球部の実力を測るには申し分ない。


 往々にして、創部間もないチームとの練習試合は敬遠されがちである。レベルの違いから、試合どころか練習にもならないとして二の足を踏む学校は少なくない。ましてや部員数が九人ぎりぎりの貧乏所帯とあれば尚更だ。


 しかし、百合ヶ丘の監督はかつての甲子園のスーパースター・龍洋人である。練習試合を申し込まれた男嶽工業側は、そこに一つの価値を見い出した。

 イベントの開催だ。

『龍洋人を囲む夕べ』を開催することを条件に、了承した。


 男嶽工業高校はその名の雰囲気が示す通り、剛毅木訥ごうきぼくとつをモットーとする男子校である。しかしながら、ヒーローへのリスペクトは絶大であった。


 試合の前日、洋人は相手校に赴き、握手やサイン、写真撮影などのファンサービスに応じた。

 過去の栄光とはいえ、高校野球ファンからすれば龍洋人は永遠のヒーローであり、史上最強の甲子園ビューティーなのである。成人してますます磨きがかかった美貌は高校野球ファンのみならず、多くの女性ファンをも虜にし、今や伝説的アイドルとして不動の人気を得るに至る。

 イベントには全校生徒、全職員は勿論のこと、近隣住民やいくつかの地元メディア、果ては県外からも多くのファンが詰めかけた。




 そうまでして、謂わば洋人が身体を張ってまで取り付けた練習試合だったが、結果は散々なものだった。

 男嶽工業の二軍を相手に、百合ヶ丘は 22-0の完封負けを喫した。

 屈辱的惨敗である。ヒット2本散発、失策エラー15。眼を覆いたくなる結果だ。

 俺は毎回安打を許し、被安打18、与死四球7。バッティング投手ピッチャーさながら打たれに打たれた。そんな俺を見て、まるで輪かんされているようだ、と矢野主将が唇を噛んで悔しがった。って、そんな喩えはやめて欲しい!




 母校に戻り、グランドの片隅で反省会が行なわれた。


 今回の練習試合には、洋人人気と相まって、地元メディアを含む多くのギャラリーが集まった。

 百合ヶ丘高校野球部は、衆目にその弱小ぶりを晒すことになってしまった。


「これほどまでにダメダメだったとは……」

 洋人は心底疲れた様子で深いため息をついた。

「矢野キャプテン、代わりに試合の総評を頼む」


 落胆が大き過ぎて喋る気力も萎えたのか、矢野主将に丸投げだ。


「では僭越ながら、キャプテンとして私、矢野凛太郎が、この度の練習試合の総評を述べさせていただきます。

 まず、昨年の県ベスト8である男嶽工業高校との練習試合を取り付けて下さった龍監督に篤く御礼を申し上げます。誠に、ありがとうございました。

 結果は、残念ながら監督の労に報いるものとはなりませんでした。

 守備に関して言えば、ピッチャーは決して悪くありませんでした。球は走っていましたし、コースも丁寧に投げ分けができていました。途中、制球が乱れる場面もありましたが、それは味方の再三のエラーによる動揺の所為でした。本来なら打たせて捕るピッチングであったはずが、拙守から悉くヒットになるという不運が重なり、連打を浴びる形となりました。しかし、厳密な自責点は、奪われた点の半分以下であったと思われます。

 内野は二遊間の連携ミスやフィルダースチョイス、悪送球、落球などがあり、相手チームの進塁や追加点を許してしまいました。外野手はイージーフライを落とすエラーや打球の方向を見誤るなどのミスが目立ちました。

 攻撃面では、男嶽工業高校の控えのピッチャーに対し、シングルヒット2本。それも散発という結果に終わり、全く打線を繋ぐことができませんでした。また、誰一人としてバントを成功させられず、二塁ベースを踏めなかったのは痛恨の極みです。

 他にも揚げればキリがありません。何より、わがチームには不動の四番、所謂主砲がいないという致命的欠点が浮き彫りになりました。さらには――」


 俺たちは項垂うなだれていた。たとえ練習試合であろうと負けて悔しくないはずはない。相手が県大会の常連校とはいえ、圧倒的な実力の差をまざまざと見せつけられ、完全に自信を失ってしまった。


 矢野主将の冷静な声で語られる戦評に心が塞ぐ。就中、投手を擁護する言葉こそ虚しい。そもそも打者を捻じ伏せられる力があれば、打たれることはないのだ。ひとえに、エースとしての己の力量のなさを思い知らされる。


「うむ。的確な観察眼だな。さすがキャプテンだ。このチームの実情をよく把握している。守備も攻撃も、われわれは水準に達していない。それが身に沁みてわかっただけでも良しとしよう。後は各々が自分の弱点を見直し、いかに克服していくかだ。

 当然のことだが、取られた点以上の得点をすれば負けることはない。そのためには、練習あるのみだ。さあ、前を向こう」


 洋人の言葉に、俺たちは深く頷いて拳を握り締めた。


 ただ、監督の洋人も投手の責任に触れない。俺にはそれが却って哀しかった。最初から期待されていないようで。

 否、誰がこんな投手に期待するだろうか。他のことにうつつを抜かし、野球を二の次にしている名ばかりのエースになど。


 決めた! 

 試合で一勝するまで、俺はスイーツを断つ。って、そこかい!

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