第4回 衝撃の事実

「亜斗里は俺にとって弟以上の存在。それって、つまりこういうことだよな。……よいしょっと」

 洋人が俺をかかえて、ベッドに寝かせた。

「重くなったな。ケーキの食べ過ぎか?」


「今日は食えなかったって言ったろ」


 隣に身体を横たえる洋人に、俺はふくれっ面をしてみせた。


 一家団欒が終わり、入浴と宿題と翌日の用意を済ませ、後は就寝するだけとなった無聊の時間。



 俺たちは部屋を共有し、ベッドも一緒だ。

 こうなったのは、七年前、この家に義母と洋人を迎えるにあたり、いくつかの家具類を新調したことによる。寝具は同じ規格の二台のダブルベッドを揃えた。

 夫婦はともかくとして、二人の息子にもダブルベッド! 

『優れた衝撃吸収力と復元力で全身を支える。成長期のお子様向き』と謳い文句のある高密度連続スプリングマットレスが使用されている高性能ベッドだ。

 洋人と俺はふたりでトランポリンのように飛び跳ねて遊んだ。俺がバランスを崩してベッドの下に落ちそうになるたびに、洋人がナイスフィールディングでしっかり抱き留めてくれた。さすがエース! 安泰の守備力だ。

 連れ子同士で仲良くダブルベッドを使って欲しいと願う親たちの気持ちは十分受け取った。

 かくして、その願いは叶えられた。俺たち義兄弟は超がいくつも付くほど仲がいのだ。成長に伴い、やがて高密度連続スプリングマットレスは更なる付加価値を発揮するだろう。



「明日買ってやるから」

「忘れんなよ」

「おう。俺はおまえが幸せそうにケーキを頬張ってるのを見るのが好きなんだ。たまらなく愛くるしい。ぷにぷにだな、このほっぺ」


 笑いながら洋人が俺の頬をつついた。


「さっき、ヒロが親父にカミングアウトするんじゃないかって、一瞬びびった」

「いっそのこと、それもいいかもしれないが、お袋は嘆くだろうな」

「親父だって嘆くよ」


 連れ子同士の濃密な関係。しかも男同士だ。嘆くどころの騒ぎでは済まないかもしれない。


「お袋の場合は、ちょっと事情があるんだ」

「事情って……どんな?」

「そういえば、おまえには話してなかったな、お袋が離婚した理由」

「訊いちゃいけないのかなって思ってた」


 興味がなくもなかったが、子どもが知る必要のない大人の事情があったことは想像に難くない。


「亜斗里も、もう高校生だから話していいかもな」

「そうだよ。いつまでも子ども扱いすんなよ」



 洋人とこうして同じ布団にくるまって、眠りに就くまでの間、とりとめのないピロートークをするのは以前からの習慣だ。

 喋りながら洋人が俺を抱き寄せて、頭を撫でたり、頬ずりをしたり、ぎゅっとしたり……もっと、いろいろ気持ちの良いことをしてくれる。

 俺は義兄のペットなのだ。



「俺が生まれてすぐのことだったらしい。親父の秘密が発覚したのは」

「秘密?」

「お袋にとっては天と地がひっくり返るくらいの衝撃だったはずだ。自分の夫が同性愛者だったと知らされた暁には」

「ホモォ!?」

「当時はまだ、時代がそれを許さなかったんだろうな。お袋が言うには……親父は、世間体を考えて結婚したものの、やはり、どうしてもいたたまれなくなって、ついに我慢の限界に達し、自分を偽り続けることが難しくなったのだ、と。所詮、妥協の末のカモフラ婚だ。そんな生活に長く耐えられるはずもなかったんだろう。破綻は、子どもが……俺が……生まれてすぐに訪れた。

 親父が会社に行ったきり何日も帰らないことが続いていたある日、ひとりの青年が訪ねて来たそうだ。親父の荷物を取りに来た、と。そこで全てが発覚した。お袋は自分の夫の性指向を初めて知らされたんだ。どれほどショックだったことか。

 結局、親父はその青年と駆け落ちした。それから数日経って離婚届が郵送されてきたらしい。親父が現在いまは何処でどうしているのかわからない。生きているのか、それとも……。ただ、息子の俺のことなんか、全く眼中になかったって思うと……情けなくて、哀しい」

「ヒロ……」


 心を抉る衝撃的な話だった。正直、聞かない方が良かったと後悔した。

 淡々と語られた真実の裏に、どんな葛藤と修羅場があったのか、当時赤ん坊だった洋人は知る由もない。俺も全く想像もできない。


「こんなろくでもない事実を、お袋は話したくなかったかもしれないけど、母一人子一人で隠し事は避けたいからと言って、俺が高校生になった時に包み隠さず話してくれた。俺も、本当のことを教えてもらって、お袋をいっそう信頼するようになった」

「お母さん……かわいそうだ。ヒロも……」


『情けなくて、哀しい』と吐露した洋人をどんな言葉で慰めて良いか、俺にはわからなかった。

 義母は洋人の母親だけあって、かなりの美人だ。美しい妻と生まれたばかりの自分の血を分けた息子を捨ててまでも、己に忠実であろうとした洋人の父。その心情は到底理解し難い。


「俺は期待してたんだ」

 洋人は続けた。

「自分が甲子園に出たことで、もしかしたら親父が名乗り出て来るんじゃないか、って。姓は変わっていても、自分の息子がわからないはずないだろ、って。大っぴらにじゃなくても、密かに連絡してくるんじゃないか……って。だけど、そんなことはなかった。そんな、ドラマみたいなことは起こらなかった。今にして思えば、子どもじみた夢想だった。笑えるだろ?」


 甲子園での華々しい活躍の陰で、洋人の心は自分を捨てた父親を求めていた。

 もしかしたら父が何処かで見ているかもしれないと期待しながら、義兄は甲子園のあのマウンドに立って、勇ましく闘っていたのか。


「そうだったのか、ヒロ。……俺には笑えないけど」


 初めて知る洋人の健気な想いに、胸が締めつけられた。


「父親がゲイで、息子もそうだったら、お袋は嘆くどころじゃないかもしれない。まぁ、俺の場合はバイだけどな。でも、実の父親とは会えなかったけど、俺には篤実な父と可愛い弟ができた。こっちの方が断然いい」


 洋人が顔を近づけてきた。

 ふたりの唇の間隔が、ミリ単位にせばまる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る