第11話 無言でも世界は変えられる
月日は過ぎ、俺は三歳になった。
とはいえ、俺はまだ幼児なので、やらなければならないことが少ない。シャルのように学校に行かなくてもいいし、ルーナのように家事や仕事をしなくてもいい。そのメリットを存分に活かし、俺は有り余る時間を読書と魔法の練習にひたすら突っ込んでいた。
そのおかげで、難しい本もだいぶ読めるようになり、語彙力がかなり向上した。
何よりも目覚ましく上達したのは、魔法だった。
ここ一年間の練習で、魔法についての俺の能力は飛躍的に成長した。
まず、ルーナに教えてもらった基本四系統の中級魔法は難なく発動できるようになった。それに、魔力切れからの超回復と体の成長により、魔力量が増大した。正確な数値はわからないが、どうやら平均して一日三ずつほど増えているようなので、おそらく千五百くらいだろう。
また、新たな発見もあった。
『魔法の使い方(初級編)』では、魔法が七つに分類されている。基本四系統と、光系統、聖系統、そして系統外だ。
系統外はいいとして、俺はルーナから光系統と聖系統の魔法を教わっていなかった。ルーナ自身がその二つの系統に適性が無いからだ。基本四系統全てに適性があるルーナでも、さすがに全系統コンプリートはしていなかった。
適性は遺伝するらしいので、俺も光系統や聖系統には適性が無いのかな……と思っていた。しかし、結論から言えば、その考えは誤りだった。
なんと、俺には基本四系統に加え、光系統、さらに聖系統への適性があったのだ。
この事実が判明したのは、何となく気になって、本に載っていた光系統の魔法と聖系統の魔法を使おうとしたところ、なんと普通にできたからだった。
本には、その二つに適性がある人は基本四系統よりも少ないと書いてあった。だが、俺はそれら両方に適性があり、それに加えて基本四系統にも適性があるので、ルーナでさえできていない全系統コンプリートを達成していた。
全系統に適性があるとか、なんだかチートみたいだ。まるで、『魔法のない前世から転生してきたのだから、この世界では魔法を存分に味合わせてやろう!』みたいな何者かの意思があるみたいだ。
当然、その二つの系統にも適性があることを利用しないわけにはいかない。だが、ルーナに教えてもらおうにも、彼女は適性がない。そのため、俺は本を読み独学で習得に励むしかなかった。
その結果、光魔法も聖魔法も、何とか中級魔法くらいまで使えるようになった。
それに、複合魔法も同じく中級魔法レベルまで発動できるようになった。
「ふわぁ〜……」
今日も、俺は庭で魔法を練習する。近くにはシャルが立っていて、大きなあくびをしていた。
ここ最近、俺の魔法の練習には、ルーナではなくシャルが付き合ってくれることが増えた。
理由はいくつかある。一つ目は、この場所でルーナが俺に教えることができる魔法がもうない、ということだ。
ルーナが使える中級以下の魔法は俺も使えるようになった。そこで、今度は上級魔法を教えてもらおうしたのだが、拒否されてしまったのだ。ルーナが上級魔法を使えない、というわけではない。上級魔法を練習するには、この場所はあまりにも狭過ぎるのだ。
中級魔法と上級魔法の間には、単純にランクが一つ違う以上の差が存在する。
中級魔法は、最大でも魔力消費量が五百程度だったが、上級魔法になるとほとんどのものは千は超える。文字通り桁違いだ。それに伴い、より精密に魔力をコントロールすることが求められる。
それだけのハードルを乗り越えて発動する上級魔法の効果はとんでもなく、下手をすると庭を破壊してしまう可能性があるものばかりだった。
それ以外の上級魔法、すなわち、魔力消費量が少ないものもあることにはあるが……それはそれで発動するのに別の困難を抱えている。
そのため、俺は上級魔法を練習したくてもできない状態だった。ああ、早く派手な魔法をぶっ放したいぜ……!
二つ目は、単純にルーナが忙しくて、俺の練習に付き合っている暇がない、ということだ。
俺が成長して、徐々に手がかからなくなってきたためか、ルーナは少しずつ仕事の量を増やしていた。本人に聞いたところ、バルトの仕事の一部を手伝っているらしい。
バルトはラドゥルフの領主だ。正確に言うと、ラドゥルフ州のトップと州都であるラドゥルフの街のトップを兼任している。例えるなら、都道府県の知事と、県庁所在地の市長を兼任しているような感じだ。以前、バルトはラドゥルフの領主か何かではないかと予想していたが、見事に当たっていた。
そのバルトを手伝っているということは、ルーナがの仕事はおそらく行政に関わることだろう。この王国は貴族制度があるから、きっとそのうちバルトからルーナへ代替わりすることになるはずだ。それに備えて、今のうちから経験を積もうとしているのかもしれない。
ということで、忙しくなったルーナの代わりに、学校から帰ると暇そうにしているシャルに付き合ってもらうようになったのだった。
ちなみに、シャルはルーナとは違い、魔法があまり使えない。火系統に適性はあるようだが、魔力量が少ないため、ほとんど魔法を使わないらしい。確かに魔法を使っているところは今まで見たことがない。
そんなシャルに監督してもらっているので、当然、隠れて上級魔法を練習するなどの挑戦的なことはできない。もし失敗したときに、シャルを頼ることができないからだ。
そのため、今日俺が練習しているのは初級魔法だ。だが、ただ単に魔法を発動するわけではない。
「ふぅー……」
俺は息を吐くと、目を閉じて魔力を引き出し、手のひらの方へ集中させる。そして、水が出現するのを強くイメージする。
「んんん……!」
奥歯を噛んで思わず力む。しかし、一向に魔法は発動しない。そうこうしているうちに魔力のコントロールがぶれて、せっかく手のひらに集まった魔力が、ガスが抜けるかのように外へ逃げてしまった。
「はぁ……」
「ダメ?」
「うん」
俺はため息をついた。
今挑戦しているのは、無詠唱での魔法の発動だ。
魔法は基本的に詠唱して発動するのが一般的だが、イメージさえできれば、詠唱を使わなくても魔法を使うことはできる。それを無詠唱魔法という。
本を読んで知った当時は、イメージが重要なら、詠唱してもしなくても魔法を発動する難しさは変わらないんじゃないか? と思っていた。
しかし、それは大きな勘違いだった。
いざやろうとすると、まったく発動できないのだ。
詠唱の文句はイメージの想起だけでなく、魔法を発動するトリガーのような役割も果たしている。そのため、イメージをはっきり保ち、魔力も十分に練り上げることはできても、魔法の発動に移ることができなかったのだ。
ガスの元栓は開いてあるけど、コンロのスイッチが入れられないから火がつかない、みたいな感じだ。
今までとんとん拍子に上手くいっていた分、ここでつまづいたことに俺は焦りを感じていた。
俺が無詠唱で発動しようとしているのは、水系統初級魔法の『ウォーター』。
一番魔力消費が少なく、発動が簡単だ。それに、俺がこの世界に来て、最初に発動できた魔法だ。その分、思い入れは強い。
今日こそは、成功させるぞ!
俺は、まず、普通に詠唱して『ウォーター』を発動させる。
「『ウォーター』」
体内から魔力が引き出される。そして、魔力がイメージ通りの事象に変換され、水が発生する。
バシャッ!
あらかじめ用意していた桶の中が、液体の水で満たされる。
俺は、改めて魔法が発動する途中の感覚をしっかりと記憶する。
その記憶通りに、魔力を操ることができれば、魔法は無詠唱でも発動できる……はずだ。
今の感覚、今の感覚……。
「まあ、焦らず気長にやろう、フォル。そのうちできるよ」
ムカッ!
なんかちょっと腹が立つ言い方だな……。せっかくの集中が乱されてしまう。
実は、シャルは火系統の無詠唱魔法が使える。無詠唱で発動できるのはもともと備わっていた天性の才能で、本人はきっと困ったことがないのだろう。
俺はシャルとは違って、才能がないんだよ!
シャルの頭上に『ウォーター』を使って、びしょぬれにしてやろうかな……。
そんなことを本気で考えたその瞬間だった。
バシャッ‼
「わ⁉」
突然、シャルの頭上に水が現れた。重力に引かれて水が降る。
いきなり現れた水を回避する暇もなく、シャルは思いっきりびしょぬれになった。
「う、うへぇ〜……」
「ご、ごめん……」
シャルからは水が滴っている。口では謝った反面、ちょっといい気味だとも思ってしまった。
すると、シャルは自分の服を見つめる。
「うわっ! 服透けてるじゃん!」
今日の天気は快晴で気温もそこそこ高い。まさか濡れるとは思っていなかったようで、シャルは薄手の服を着ていた。それに水がかかったことで服が透け、シャルの下着が丸見えになってしまっていた。
ほうほう、今日は上も下も白なんだ……。
「あーもう、着替えないと……」
「ちょっとまって、シャル」
「え、なに?」
「まほうでかわかしてあげる」
『ウォームウィンド』を使えば、すぐに乾かせるだろう。着替えにわざわざ家に戻る必要はない。幸い、まだ魔力に余裕はある。
せっかくだから、これも無詠唱魔法でやってみるか!
俺は詠唱して発動するときと同様に、イメージを構築し始める。シャルに向かって温風が思いっきり当たっている様子を強く想像する。同時に、魔力を手のひらに集めていく。
「ふぅ……」
心の中で『ウォームウィンド』! と呟いた次の瞬間、シャルの周りに暴風が吹き始めた。
その風は、シャルのスカートをバサッと容赦なくひっくり返す。
「いぃやぁああああああ!」
シャルが絶叫してスカートを抑える。しかし、あまりにも風が強いせいで、全く抑えきれていない。長い栗色の髪の毛も見事に逆立っている。
数秒後、魔法の効果が切れて、ようやく風が収まる。
シャルは安心したようで、ホッとした表情になった。
「ごめん、シャル。だいじょうぶ?」
「う、うん……大丈夫だよ」
「ふく、かわいた?」
「お、乾いてる乾いてる! フォル、すごーい!」
風の発生場所と風向きは良くなかったが、魔法の効果はばっちりだったようだ。
こうして、俺は無詠唱魔法に人生で初めて成功したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます