第10話 ステップアップ



 魔法の練習を始めてからおよそ五ヶ月。俺は二歳になった。


 今日も庭で魔法の練習だ。隣では、いつも通りルーナが静かに俺を見守っている。


 そんな中、俺は魔法を発動する。



「『ウォーター』」



 まずはお馴染み『ウォーター』。水系統の初級魔法だ。もう何百回も使っている。もはや歩く、話すと同じレベルにまで熟達してきていると言っても過言ではない。


 俺の手のひらの先から発生した水は、重力に引かれて落下し、地面に置いておいた木桶の中にバシャバシャと溜まった。

 ただ、これで終わりではない。続けて俺は別の魔法を詠唱する。



「『ウォーム』」



 今度は水の入った木桶に向かって、火系統初級魔法の『ウォーム』を使う。手のひらから魔法に変換されなかった魔力が光の残滓となって漏れ出す。


 一見すると木桶とその中の水には変化がない。だが、魔法は成功したはず。それを確かめるために、俺はしゃがんで木桶の中に指を突っ込んだ。



「あつっ」



 そして、慌てて引っ込める。木桶の中の水は五十度くらいの熱水になっていた。『ウォーム』の発動に成功した結果、温められたのだ。


 ルーナは木桶を回収して、俺と同じように水の温度を確かめた。そして、頷く。


 俺はそれを確認すると、また別の魔法を詠唱する。



「『アース』!」



 次の瞬間、木桶があった場所にこんもりとした小さな土の山が出現した。さらさらした乾いた土だ。土を出現させる地系統初級魔法の『アース』だ。


 いよいよ次が最後だ。俺は、土に向かって手のひらをかざすと勢いよく声を出した。



「『ウィンド』!」



 次の瞬間、風が吹いてきて土の山を吹き飛ばした。風はルーナも俺もいない方向へと土を連れ去っていく。風が収まった頃には、まるで最初から無かったかのように、土の山は忽然と姿を消していた。



「ふぅ……」


「今日も完璧ね、フォル」



 俺がため息をつくと、ルーナは笑顔でパチパチと拍手をする。


 結局、俺にはルーナと同じく基本四系統全てに適性があった。そして、練習の結果、今では初級魔法ならば基本四系統の魔法は難なく使いこなせるようになった。


 今俺が行ったのは、ルーナが考案した、四系統の魔法を順番に使う練習メニューだ。ただ、もはや当たり前のように使えるようになったので、今は練習というよりかは、練習を始める前のルーティンと化していた。


 今、系統は違うが初級魔法を四回使用した。魔力量が少なかった頃は、この瞬間魔力切れで倒れていただろう。しかし、今はそんな気配すらない。毎日魔力切れになるまで魔法を使う→超回復するを繰り返し、体も成長していった結果、俺の目論見通りに魔力量はどんどん増えていった。


 おかげで、今では魔力切れになるのにかなりの時間がかかるようになった。あまりにも時間がかかりすぎて、付き合ってもらっているルーナになんだか申し訳ないくらいだ。


 だが、そんな状況も今日で終わりになる。

 なぜなら、今日から練習するのは初級魔法ではなく……。



「それじゃあ、中級魔法の練習をしましょう」


「おねがいします!」



 『魔法の使い方(初級編)』の実践編で紹介されている魔法には、それぞれ『魔力消費量』という数値が掲載されている。


 この数値は、その魔法を魔法陣で発動させるために必要な最小の魔力量を示している。例えば、『ウォーター』の魔力消費量は十だ。また、『ウォーム』は十、『ウィンド』は二十、『アース』は三十となっている。ちなみに、何を一と定めているのかはわからなかった。


 詠唱の場合、魔法陣よりも必要な魔力は大きくなるが、この数値によって、それぞれの魔法に必要な魔力や、現在の自分の魔力量を大まかに把握することができるのだ。


 そして、中級魔法になると、必要な魔力は初級魔法に比べて格段に大きくなる。初級魔法の場合は、最低で十、最高でも五十だった。それが、中級魔法の場合、最低が百と、今までの倍以上に跳ね上がる。最高だと五百くらいのものもある。


 当然、扱う魔力が増加するので、魔法の難易度も上がる。かなり慣れてきたとはいえ、魔法の暴発には気をつけたいところだ。俺は気合いを入れ直す。



「最初は『レイン』をやってみましょう」



 見てて、とルーナは俺の視線を自分に向けさせる。



「『レイン』」



 次の瞬間、ルーナの目の前で、サー、と音を立てて雨が降り始めた。直径一メートルくらいの円形に地面が濡れていく。


 俺は空を見上げるが、雨雲は見当たらない。むしろ、雲ひとつない晴天だ。雲がないのに雨が降るなんて、まさに狐の嫁入りだ。しかも、ルーナの目の前の場所にしか降っていない、というのもまた不思議さを倍増させている。



「『レイン』は雨を降らす魔法よ。水系統の中級魔法では、これが一番簡単かしらね」



 確か、『レイン』の魔力消費量は二百だったはずだ。中級魔法にしては、必要な魔力が少ない。



「じゃあ、やってみて」


「うん」



 早速挑戦だ。俺はルーナが起こした現象を頭の中に呼び起こすと、そのイメージを保持しつつ、魔力を引き出す。



「『レイン』」



 次の瞬間、ポツポツと水が滴り落ちてきた。


 よし、成功か⁉︎


 そう思ったのも束の間、俺の頭上で大量の雨が降り出した。



「わあああああ!」



 俺は慌ててその場から離れるが、時すでに遅し。『レイン』によるゲリラ豪雨で、俺の服は一瞬でびしょ濡れになってしまった。


 雨が降ってきた範囲から逃れて振り返ると、ちょうど『レイン』が収束するところだった。初めて発動したからか、威力を強めにしてしまい、さらに魔法の効果が俺の真上に出てしまったのだ。



「ぬれちゃった……」


「あらあら」



 ルーナはハンカチを取り出すと、俺の頭を拭く。とりあえず頭はマシになったが、服はびしょびしょのままだ。俺は服の裾を持つと、ぎゅーっと絞る。ジャーと水が地面に流れ落ちた。


 このままの格好でいるのは不快だし、体が冷えて風邪を引いてしまうかもしれない。早急に着替える必要がある。



「ママ、きがえにもどりたい」


「ちょっと待って、フォル」



 すると、ルーナがストップをかけた。一体なんだろう?



「せっかくだから、魔法で乾かしてみましょう」


「まほうでかわかす……?」


「ええ。今のフォルならできるはずよ。何の魔法を使えばいいか、少し考えてみましょう」



 そう言われて俺は考える。服を乾かすためには、一般には温風を当てれば良いだろう。つまり、温風を吹かす魔法を使えばいいことになる。


 しかし、温風を吹かす魔法なんて俺は知らない。風を吹かす魔法なら、風系統初級魔法の『ウィンド』があるし、ものを温める魔法なら、火系統初級魔法の『ウォーム』がある。しかし、片方ずつ発動しても上手くいかないだろう。これらを組み合わせられればいいのだが……。


 待てよ、複合魔法を使えばできるんじゃないか? 



「『ウォーム』と『ウィンド』のふくごうまほうをつかう?」


「その通りよ」



 ルーナは満足そうに頷く。



「火系統初級魔法の『ウォーム』と風系統初級魔法の『ウィンド』の複合魔法である『ウォームウィンド』を使えばいいのよ」



 複合魔法の名前は元の名前をただくっつけただけなんだな……。安直だがわかりやすい。



「じゃあ、やってみるわね……『ウォームウィンド』」



 次の瞬間、俺の方へ風が吹いてきた。ただの風ではない。熱風だ。まるで巨大なドライヤーの中に生身で飛び込んだかのようだ。



「ううぅ……」



 数秒耐えると熱風は収まった。服が多少乾く。


 今のが複合魔法『ウォームウィンド』か……。普通、『ウィンド』は周りの空気と同じ温度の風を起こすのだが、今のは明らかに違う。『ウォーム』で温められた風が発生していた。



「フォルもやってみましょう」


「うん」



 俺も魔法の準備を始める。『ウォーム』と『ウィンド』はすでに習得済み。あとはこの二つの魔法のイメージを合わせて、魔法を発動できれば……!



「『ウォームウィンド』」



 次の瞬間、再び俺の体を熱風が包み込む。成功だ。

 そして、『ウォームウィンド』が終わった頃には、俺の服はもうほぼ乾いていた。



「すごいわ、上手ね、フォル」


「いまのは、まりょくしょうひりょうはどれくらい?」


「……確か百くらいじゃなかったかしら」



 魔力消費量は、『ウォーム』は十、『ウィンド』は二十だった。本の記述通り、複合魔法になると必要な魔力が大幅に増えるのは本当だったようだ。



「服はもう乾いたかしら?」


「うん。だいじょうぶ」



 ルーナは俺の服を触ってくる。まだ湿っていたら、家に戻って着替えさせるつもりだったのだろう。


 しかし、今度は別の問題が俺を襲ってきた。



「う……」



 視界がぐにゃりと歪む。さっきまで何ともなかったのに、体が急に重くなった。頭も痛くなってきて、俺は思わずその場にしゃがみ込んでしまう。



「フォル? フォル、大丈夫⁉︎」


「うう……まりょくぎれ……かも」



 さすが中級魔法だ。今日使った魔法の魔力消費量は合計で三百七十。ただ、これはあくまで『魔法陣で発動させるために必要な最小の魔力量』なので、詠唱で無駄にした分を含めると実際はもっと多いはずだ。



「今日の練習はこれで終わりにしましょう」


「うん……」



 俺はだるい体を無理やり動かし、ルーナの背中に体重を預ける。


 そしてそのままおんぶされ、家に戻るのだった。


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