第9話 過ぎたるは猶及ばざるが如し



 目を開けると、誰かが俺の顔を覗き込んでいた。



「…………! …………ル! フォル!」



 声がかけられ続けると、俺の意識は徐々にはっきりしてくる。


 フォルって誰だ。俺の名前は小野里敦司だ……。



「う、あう……」



 いや、待てよ。そういえば、俺は転生して、フォルゼリーナ・エル・フローズウェイになったんだった……。


 後頭部には柔らかい感覚。どうやら、仰向けに寝かされているようだ。

 目の焦点が合うと、俺を見つめていたのはルーナだと分かった。その目じりには光るものがある。



「気づいたわ……良かった……!」



 ルーナは今にも泣きそうな、安心したような表情をする。


 どうしてそんな表情をするんだ? いったい、俺に何があってこうなっているんだ?


 俺はまず、周りの様子を確認する。


 見回すと、見慣れた家具に見慣れた床、見慣れた景色。俺の家だ。

 

 そして、ルーナと俺の体勢を考えるに、俺はこの部屋の真ん中で、膝枕をしてもらっているようだ。


 窓の外は暗くてよく見えない。いつの間にか夜になっていたようだ。


 えーっと、俺、今まで何をしていたんだっけ……。思い出すのに数秒費やす。


 あ、そうだ。庭でルーナに魔法を教えてもらっていて、俺は『ウォーター』の発動に成功したんだ。それが嬉しくて、四回使ったところで急に意識を失ってしまったんだった。


 俺が体を起こすと、ルーナが心配そうに尋ねてくる。



「フォル、大丈夫? 気分が悪いとか、体が痛いとかはない?」


「うん。だいじょうぶ」



 改めて確認してみるが、俺の体に特に異常はなかった。


 いったいどうして突然倒れたのだろうか? 何かの病気の発作が起きた……とか? もしそれだったら怖すぎる。


 しかし、原因はどうやらそれではないようだった。



「ごめんなさい、フォル。魔力切れになる前に止められなくて……」


「まりょくぎれ?」


「ええ。本に書いてなかったかしら?」



 そう言われて俺は『魔法の使い方(初級編)』の内容を思い出す。


 魔力切れとは、魔法の使い過ぎなどによって魔臓から魔力が無くなってしまう現象のことだ。魔臓の魔力が少なすぎる状態になると、吐き気や倦怠感、意識の喪失などが起こる。しばらく休むと、自然界からの魔力吸収や、体内での魔力生成で回復する。本には確かそのように書いてあったと思う。


 今の場合、意識の喪失という部分が俺の症状にぴったり当てはまる。どうやら、俺は調子に乗って魔法を使い過ぎて、魔臓の魔力をすっからかんにしてしまったようだ。


 逆にいえば、俺の魔臓に蓄えられていた魔力は、水系統初級魔法の『ウォーター』四回分しかないということだ。うわっ、俺の魔力量、少なすぎ……?


 まあ最初はそんなものだろう。今まで魔法を使ったことさえなかったのだし。


 だが、この魔力量で満足する気はない。現状の魔力量はあまりにもしょぼすぎる。これからどんどん増やしたいところだ。


 魔力量や体内で生成される魔力を増やしたりするには、魔臓を大きくしたり、鍛えたりする必要がある。俺はまだ二歳にもなっていないので、体の成長とともに魔臓も大きくなるだろう。また、魔臓は筋トレと同じように、魔法を使いまくって魔力切れ……まではいかなくてもその寸前まで追い込み、『超回復』を起こすことで鍛えられる。


 俺が狙うのは、この二つを同時にやることで起こる相乗効果だ。体がまだ成長していない今だからこそできる手法だ。このチャンスを逃すわけにはいかない。


 ただ心配なのは、加減を間違えると今のように魔力切れによって気絶してしまうことだ。今日はルーナに付き合ってもらっていたから良かったものの、もし一人で練習していたら危ないところだった。


 そんなふうに考えを巡らせていると、心配そうな口調でルーナが言う。



「フォル、しばらく魔法の練習は休みましょう……もう少し大きくなって、魔力が増えてからでも遅くはないわ」


「やだ!」



 俺は即座に拒否した。


 幼児の体は驚くべきスピードで成長する。休止している分だけ、成長機会が失われてしまうのだ。今は立ち止まっている時間が何よりも本当に惜しい。


 俺の即座の返事に、ルーナは驚いたような表情を浮かべる。おそらく、俺が素直に従うと予想していたのだろう。確かに、今までルーナに反抗らしい反抗はしてこなかったから、そう思うのも無理はない。


 そして、ルーナは困惑したような表情で俺に尋ねてくる。



「フォル……その、魔力切れになるのは、怖くないの?」


「こわい……けど、まほうをれんしゅうして、いっぱいつかえるようになりたい」



 おそらく、世の子供たちは魔力切れを『怖いもの』だと認識するのだろう。なんたって、体調が悪くなったり気絶したりしてしまうのだ。俺だってそれが怖くないわけではない。


 だが、魔法が上手くなりたいという意志がそれを上回っているのだ。そのために必要な苦痛を受け入れる心の準備はできている。


 俺のまっすぐな目を見て、ルーナははぁ、とため息をついた。



「わかったわ……だけどフォル、これだけは守って。魔法を練習するときは、絶対にママと一緒にすること。守れる?」


「うん!」



 ルーナの提示してきた条件は、俺にとっては願ってもないものだった。魔力切れの症状を受け入れる覚悟があるといっても、そばに誰かがいないと危険だし不安だ。それに、本を読んで一人で練習するよりも、ルーナから直接教えてもらった方が、より実践的な練習になるだろう。



「じゃあ、約束の指合わせをしましょう」


「ゆびあわせ?」


「ええ。約束をするとき、こうやって薬指を合わせるのよ」



 そう言って、ルーナはしゃがむと、俺の薬指に自分の薬指をチョンと当てた。前世でいう『ゆびきりげんまん』みたいなもののようだ。



「それじゃあ、今日の練習は終わりよ。夜ご飯にしましょう」


「うん!」



 ルーナはそう言って、キッチンへと向かっていった。


 よし、明日からもどんどん魔法の練習をしていくぞ!


 俺は鼻息荒く意気込むのだった。


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